第10話 作戦を練ろう!

「ふむ、誰と言われてもなあ。村の男連中はみな口を揃えて言っておったぞ? アイシャ殿が殿下と結ばれるのは時間の問題だと」

「みんな好き勝手に喋って……!!」


 アイシャは顔を真っ赤にしながら呟く。

 確かに最近村の人たちから生暖かい目で見られることを多く感じた。テオドルフの家でたくさん家事をした日などは特に。

 アイシャは真面目にメイド業をしていたのだが、他の人たちからはそうは思われていなかったようだ。


「あ、あの! 私とテオくんはまだそういう関係じゃありませんから!」

「おやそうだったのか。早とちりして申し訳ないな。しかし……まだ・・ということはそういう関係性になることもやぶさかではないのではないか?」

「あ……っ!」


 自分の失言に気づき、アイシャは更に一層顔を赤く染める。

 まるで子どものようにコロコロと表情が変わる様を見て、ガーランはおかしそうに「ふふ」と笑う。


「いや、あの、これは違くて……」

「ごまかさなくてもよい。殿下は魅力的な方だ。まだ幼いとはいえ、惹かれるのも無理はない。村人たちもアイシャ殿が殿下と結ばれるのを歓迎しておったぞ。我らの誇りとまで言っていた者もいた」

「みんながそんな風に……」


 村人たちにとってテオドルフは英雄のような存在であった。

 そんな彼を側で支えるアイシャは彼らの誇りと言っても過言ではなかった。村人たちはアイシャがテオドルフとくっつくことを純粋に祝福しいていたのだ。

 そんな風に思われていることを知らなかったアイシャは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


「しかし……アイシャ殿が照れる気持ちも分かるが、あまりに奥手だとまずい自体になるやもしれんな」

「え? どういうことですか?」


 突然のガーランの言葉に、アイシャは戸惑う。


「簡単なことだ。村の女性たちはアイシャ殿がテオドルフとくっつくと思っているから身を引いている。同じ立場の者が何人も押しかけては迷惑をかけるからな。しかし、アイシャ殿にその気がないと思われてしまったら……どうなるであろうな」

「な……っ!?」


 赤かったアイシャの顔がサッと青ざめる。

 もしそうなったら……戦争だ。テオドルフの正妻、愛人の座を巡り骨肉の争いに発展するかもしれない。自分がその戦争の防波堤のような役割を果たしていたことを知り、アイシャは急に恐ろしくなる。


「あ、あの。私はどうすれば……」

「はは、難しく考える必要はない。ただ素直になればよいのだ。秘めている思いの丈を殿下に伝えればそれでよい。殿下ならちゃんと受け止めてくれるであろう」

「思いを……素直に……」

「はい。私もそれでよいと思います」

「きゃあ!?」


 突然隣から聞こえた声に驚き、アイシャは可愛らしい悲鳴を上げる。

 そちらに視線を移すと、いつの間にかすぐ隣にレイラがやってきていた。音もなく急に現れた彼女を見て、アイシャは心臓をバクバクと鳴らす。


「レイラさん!? いつからここに……!?」

「お二人がぶつかった時からですね」

「最初からじゃないですか!」


 感情をあらわにするアイシャと対象的に、レイラはすました表情で飲み物を口にする。

 酒は得意なレイラであったがメイド業に差し支えが出る可能性を考慮し、まだ口にはしていなかった。宴の時こそ気を引き締める、強いプロ意識が彼女をそうさせていた。


「それよりアイシャ。面白いことを話していたましたね。なんでもテオ様に素直に思いをお伝えになるとか」

「あ、そ、それは……」


 しどろもどろになるアイシャ。

 レイラがテオドルフのことを深く愛していることはアイシャももちろんよく知っている。二人が寝室や風呂場に消えていく様子を見ては悶々とした日々を過ごしていた。

 だから当然、自分がテオドルフとそういう仲になることも反対していると思っていたが、


「よいことだと思います。ようやくあなたも重い腰を上げました」

「……へ? い、いいんですか?」

「当然です。テオ様を支える方は多い方がいい。当然私欲で近づいてくる方は論外ですが、あなたはそうじゃないでしょう?」

「……はい」


 アイシャは真剣な表情で頷く。

 それを見たレイラは「ならば構いません」と言う。


「テオ様もあなたのことは少なからず想っているでしょう。ならば後はきっかけのみ。そのすべを伝授いたしましょう」

「は、はい! お願いします……!」


 その気になったアイシャはレイラの話を真剣に聞く。

 こうしてテオドルフの知らないところで計画が練られていくのだった。

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