第23話 ベスティア商店 アル村支店
『ベスティア商店 アル村支店』。そう看板が立てられたその建物は、名前の通りベスティア商会のお店だ。
「こんにちはー」
カランカラン、とベルが鳴りながら扉が開く。
木造の建物の中には、食料、雑貨、本など多種多様な物が所狭しと置かれている。こんなに早く色々な物が揃えられるなんて、やっぱりベスティア商会の流通網は凄い。
村の人たちもこの店をよく使うみたいだし、お店を作って正解だったね。
と、そんなことを思っていると商品の陳列をしていた人が僕に気づいてやってくる。
「いらっしゃいませ! なにがご入用でしょうか……って、テオドルフ様じゃありませんか! どうされましたか?」
そう言って人懐っこそうな笑みを浮かべるのは、この店の店長、アンさんだ。
犬の獣人である彼女もベスティア商会の一員であり、僕が最初に知り合った商人ローランさんの後輩に当たる。
まだ商人として駆け出しの彼女は、最初こそ自分の店を持ったことでガチガチに緊張していたけど、今はもうだいぶ慣れたみたいで毎日忙しくも楽しそうに働いている。
「こんにちはアンさん。今お時間大丈夫ですか?」
「はいもちろんです! 奥の部屋を使われますか?」
「いえ、たいした用ではないのでそこまでしなくても大丈夫です」
「かしこまりました。それではこちらで承りますね」
アンさんに案内され、僕はカウンターへ行く。
「実はまた村で新しい物が取れるようになったので、それを見ていただきたいんです」
「そうだったんですね。このタイミングとなると、やはりエルフの皆さん関連の物でしょうか?」
「はい。これなんですけど……」
僕は
するとそれを見たアンさんは驚いたように目を丸くする。
「な、なんですかこれは!? 金でできた糸……!?」
「それは
そう言うとアンさんは更に驚愕した表情を浮かべる。
「
どうやらアンさんは
彼女は獣人だから動物関連の伝承には詳しいのかもしれない。
それにしてもあの羊ってそんなに珍しい種類だったんだ。毛の色以外は他の羊とそれほど大差ないように感じたんだけど。
「ところでこれって買い取りはできますでしょうか? 結構取れたのでいくつか卸したいと思っているのですけど」
「え、あ、いや……どうでしょう……うちも今お金があまりなくて……」
アンさんは汗をダラダラ流しながら気まずそうにする。
「これほどの希少品、値段をつけるのも難しいです。少なく見積もって普通の羊毛の数千倍にはなると思います」
「え、そんなにするんですか?」
そこまでになると、宝石を取引するような額のお金が動くことになってしまう。
ベスティア商会にはこの村の特産品を結構な量買い取ってもらっている。どうやらアンさんが動かせるお金はもうあまりないみたいだ。
残念だけど仕方ない。
「そうですか。ではこれは持ち帰りますね……」
しゅんとしながら羊毛を戻そうとする。
するとアンさんは僕の手をがっとつかむ。
「ちょ、ちょっと待ってください! やっぱり買い取ります! 買い取らせてください!」
「へ? でもお金がないんじゃ……」
「なんとか工面します! いざとなったら先輩を脅してでも!」
アンさんは鬼気迫る表情で言う。
知らないところで脅迫宣言をされるローランさんが少し不憫だ。今頃くしゃみでもしてるんじゃないかな。
「こんな素晴らしい物をみすみす手放すなんて商人の名折れです! この店の店主として、必ずや取引させていただきます!」
目にメラメラと炎を宿しながらアンさんは宣言する。
まさかここまでやる気になるとは思わなかった。これならもう彼女に任せて大丈夫そうだ。また一つ、この村の特産品ができそうで嬉しい。
「商会本部と連絡し、急いで値段を決めますので後はお任せください」
「はい、よろしくお願いします」
最後にそう言って、僕は商店を後にする。
ふう、羊毛の件はこれで一段落かな。今日やるべきことは終わったし、家でゆっくりし……
「テオ! やっと見つけたわよ!」
「え?」
帰ろうとしていると、突然大きな声で呼び止められる。
声の方を振り返ってみると、そこにはよく知っている顔があった。
「アリス! 帰ってきてたんだ!」
赤いツインテールを揺らしながらこっちにやって来たのは、勇者のアリスだった。
彼女は勇者の仕事で村をしばらく離れていた。どうやらその仕事が終わって村に戻ってきてくれたみたいだ。
「よかった! 無事だったんだね!」
「ま、まあね。私にかかれば楽勝よ楽勝」
彼女の手を握り帰還を喜ぶと、彼女は照れくさそうにする。
昔はそのそっけない態度に嫌われてるのかと思ったけど、今はそれが照れ隠しなのだと分かっている。
「ちょうど仕事が一段落ついたところなんだ。アリスも家に来ない? お菓子でも食べながらどんな冒険をしたのか話を聞かせてよ」
「しょうがないわね。いいわ、私の活躍を聞かせてあげ……じゃない! それよりもっと大事な話があるのよ!」
見事なノリツッコミをするアリス。
なにかに相当怒っている様子だ。いったいどうしたんだろう。
「どうしたのアリス。そんなに怒って」
「どうしたもこうしたもないわよ! 聞いたわよ、あんたエルフと『結婚』したらしいじゃない! 私を置いてどういう了見よ!」
「……あ゛」
そうだ、エルフの人たちとの間に起きた色々なことをアリスは知らない。
どうやら結婚したということだけ彼女の耳に入ってしまったみたいだ。これはまずいぞ……。
「ちゃんと説明、してくれるわよね」
「はい……」
どう説明すればアリスは怒らずに聞いてくれるだろう。
僕は必死に考えながら、まるで刑務所に送られる囚人のような気持ちで帰宅するのだった。
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《お知らせ》
書籍化に伴い、タイトルを近々変更させていただきます。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします!
〈新タイトル〉
「追放された転生王子、『
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