第8話 準備フェイズ

 ゴブリンと戦うことを決めた、モア村の人々。

 決戦を数時間後に控えたそこでは、村人たちがせわしなく動いていた。


 それはテオに助けを求めた女性、アイシャも例外ではなかった。


「みんなこっちに来て! そう、慌てずに!」


 非戦闘員であるアイシャだったが、まだ若く体力もある彼女は率先して村人の避難を誘導していた。女性や子ども、老人などの戦えない村人たちは、みな一番大きい村長の家の中へと入っていく。


「これで……全員かな?」


 無事避難が終わり、アイシャは「ふう」と一息つく。

 彼女も戦闘には参加できないので、他の村人と同様に避難してもいい。しかし彼女はまだできることがないかと避難地の中を歩きできることを探す。


「本当に戦うんだ……」


 視界の先では、男性たちが家を解体していた。

 テオは最低限の家を残し、他の家屋は全て解体するよう指示していた。


 これは素材を集めるという理由と、守りを強固にするという理由があった。

 守る範囲が増えれば増えるほど、隙を突かれる危険性は増える。わざと避難地の面積を減らすことで守りを強固にしたのだ。

 しかしそんな大きな利点がある一方、一度攻め込まれてしまったらあっという間に占拠されてしまうという危険もはらんでいた。


 しかしテオはその危険を冒してでも、避難地を縮小する利点は大きいと考えたのだ。


「テオさん! 木材が集まりました!」

「あっちの作業も終わりました! いつでもいけます!」

「鉄はこれだけ見つかりました。使えますかね?」


 アイシャの目に大きな声で話す男性たちの姿が入る。

 彼らの視線の先にいるのは、まだ十三歳の少年。その少年は大人たちの質問に的確に答え、指示を出していた。


「木材はそちらに。ではあなたはあっちの準備を。鉄は……もう少しだけ欲しいですね。農具を分解してなんとか工面できないでしょうか?」


 テオの指示に、村人たちは従い行動する。

 最初こそその少年を大人たちは舐めていた。

 しかし時間が経つにつれ、彼らは少年をすっかり信頼するようになっていた。

 それは少年……テオが不思議な力を持っているからでも、強力なゴーレムを使役しているからでもない。彼が自分たちのことを考え、行動してくれていることを理解したからだ。


「うーん、木材と土はたくさんあるけど、石と鉄が少ないね。石壁が作れたら良かったんだけど。でも火薬があったのは助かるね。これを使えば……」


 テオは頭をフル回転させて避難地の防衛策を思案していた。

 彼のやっていたクラフトゲームにも『防衛戦』はあった。村に襲いかかってくるモンスターたちを、村人を守りながら戦うのだ。

 今回やることはそれと全く同じだ。だったらゲームの知識が応用できる。Wikiに書いてあったことを思い出しながら、テオは防衛の準備を進める。


「……ん? どうしたのアイシャさん」

「あっ」


 アイシャの姿を見たテオは、彼女に近づいてくる。

 遠くでぼんやりと彼のことを見ていたアイシャは、どきっと驚き慌てる。


「な、なんでもないの! なにかできることはないかなーって」

「ありがとうございます。でもこっちは大丈夫ですよ。村の人たちが手伝ってくれてますので準備は順調です」

「そうなんだ。じゃあ……勝てそう?」


 そう聞いてアイシャは「あ」と後悔する。

 そんな断言しづらいことを歳下の子に聞いてしまうなんて、自分の浅慮さを彼女は恥じる。

 しかしテオはそんなこと気にした様子もなく、まっすぐに答える。


「はい、絶対に勝ちます。安心してください」


 その言葉を聞いたアイシャの胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 たちどころに不安は消え、勇気が湧いてくる。


 気がつけば彼女は……少年から目を離すことができなくなっていた。


◇ ◇ ◇


 モア村避難地から少し離れた所に存在する洞窟内。

 物が雑多に置かれたその場所には、多数のゴブリンが生息していた。


 知能の低い彼らに農耕などできない。その代わり他の生物から略奪するのだ。洞窟にはモア村だけでなく、他の村から奪った物や、行商人から略奪した物も存在した。


 そしてその洞窟の最奥部……そこでは一体のゴブリンが慌てた様子で平伏し、目の前にいる物になにかを訴えていた。


『ソ、ソイツガナカマヲヤッタンデス! デカイヤツモツレテマシタ! キケンデス!』


 そのゴブリンは、テオと出会ったゴブリンの一体だった。

 仲間の多くをゴームによって倒されたものの、このゴブリンは生き延びて集落までたどり着いていた。

 そして自分が見たものを報告していたのだ。


 これであいつらに報復できる。そう思っていたゴブリンだったが、彼のボス・・の反応は想定外のものだった。


「……ほう、それでおめおめと逃げ帰ってきたわけだ」


 重く苦しい空気が洞窟内に充満する。

 平伏しているゴブリンと回りにいるゴブリンたちが、その空気に耐えきれず震えだす。ゴブリンたちはその人物を慕い、敬い、そして……恐怖していた。


 彼らの視線の先にいるのは、ゴブリンの王、ゴブリンキング。

 二メートルを超える巨躯に、筋骨隆々の肉体。手には巨大なナタを持ち、頭には王を表す『王冠』が飾られている。


 ゴブリンキングは苛ついた様子で目の前の平伏しているゴブリンに向かって口を開く。


「人間ごときにやられるとは情けない奴だ。ゴブリンの恥晒しめ」

『オ、オマチクダサイ! カナラズツギハヤクニ……』

「お前のような弱いゴブリンはいらん、死ね」


 ゴブリンキングはそう吐き捨てると、巨大なナタを無慈悲に振り下ろす。

 ごちゃ、という気持ちの悪くなる音と共に、一体のゴブリンが床のシミへと一瞬で姿を変える。ゴブリンキングは仲間を殺したにもかかわらず、一切それを気にした様子はなくナタを布で拭き「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「いくぞお前ら。生意気な人間どもに分からせてやるんだ。どちらが上に立つに相応しいかをな」


 ゴブリンキングは立ち上がると、部下のゴブリンたちを引き連れ避難地に向けて進み始める。

 部下のゴブリンの数は百体近い。もはや小さな『軍隊』と言っても過言ではないだろう。


 そこそこの設備の整った街でも、このゴブリンたちを迎撃するのは難しい。小さな村ではひとたまりもないだろう。


「クク、見せしめに男どもを何人か殺すか。そして女どもは全員俺が貰う」


 ゴブリンキングは下卑た笑みを浮かべる。

 他種族の雌を好きにできる瞬間、それこそがもっとも彼の心が満たされる時間であった。


 部下の話では今までいなかった『少年』が来て、邪魔をしてきたらしいが、関係ない。誰が来ようとこの腕っぷしで蹂躙して見せる。

 どんなことが起きても俺は動じない……と、そう思っていたゴブリンキングだったが、それはすぐさま覆されることになる。


「……な、なんだこれはっ!?」


 ゴブリンキングの目に入ったのは、強固な守りで『要塞化』された避難地の姿だった。

 粗末な家が十数軒建っていただけのはずなのに、その場所は防衛拠点のような姿に変貌していた。


 避難地は外側に棘の生えた柵で覆われ、簡単には中に入れないようになっている。

 柵の内側には物見櫓ものみやぐらが建っており、その上には弓兵が控えている。


 そしてロクな武器など持っていなかったはずの村民たちは、みなその手に鋭利な槍を持っておりいつでも戦える準備が整っていた。ついこの前まで怯えきっていた村人と同じには見えないほど、その目には闘志が宿っている。


 そんな村人たちの視線を背負って立つのは、一人の少年だった。

 彼は大きなゴーレムの肩に乗りながら、ゴブリンキングたちに話しかける。


「今すぐ帰っていただければ、なにもしません。しかしそこから一歩でもこちらに来たら、僕たちは全力で抵抗します。この避難地の防衛設備は、あなたたちの想像を超えています。引き返すことをおすすめします」

「なめた真似を……!」


 ゴブリンキングの額に青筋が浮かぶ。

 人間にここまで舐められたのは初めてだ。しかも相手は子ども、ゴブリンキングは頭が真っ白になるほどの怒りを覚えた。


「全員突撃! 人間どもを蹂躙じゅうりんせよッ!」


 王の命令を受け、ゴブリンたちは一斉に村に突進し始める。

 それを見たテオは右手を上に上げ、なにかを指示する。


 すると次の瞬間、物見櫓に隠されていた砲台が火を吹き、ゴブリンたちを狙い撃つ。


『ギャア!?』

『ナンダイッタイ!?』


 物凄い爆音とともに吹き飛ぶゴブリンたち。

 まさかこのようなものまであると思わなかったゴブリンキングは「な……!」と焦ったような表情を浮かべる。


「よし、戦闘開始ゲームスタートだ……!」


 テオは小さくそう言い、戦闘に臨むのだった。

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