第3話 神魔大戦役

 エルフの里に向かうことになった僕とレイラは、狼の姿になったルーナさんの背中に乗って出発した。

 一緒に行くシルクも背中に人を乗せることはできるけど、長距離を移動するにはまだ体力が心もとない。なので今回はルーナさんの横を並走してもらっている。


「まっすぐ突っ切った方が速いが、安全のためこの地の中心部は避けて迂回する。それでも二時間やそこらで着くだろう。景色を楽しんでおれば一瞬だ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 ルーナさんは物凄い速度で駆け抜けていく。

 体感で馬車の数倍は速い、きっと車より速度が出ているだろう。エルフの里までそこそこ距離があるはずだけど、これならあっという間だろうね。


 左手にはかつてアイシャさんたちが住んでいた森が見える。そして右手にはどこまでも広がる荒涼とした大地。レガリア領の中心部は濃い瘴気に侵されていて、まだ入れていない。


 もう少しルカ村が発展したらそこの瘴気もどうにかしたいと思っている。


「ルーナさん、お聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」

「ん? なんだ?」


 走っているルーナさんに、僕は今まで気になっていたことを尋ねる。


「『瘴気』っていったいなんなのですか? 以前大きな戦いがあってこの地が瘴気に蝕まれたとは言っていましたが……」


 瘴気という言葉自体は有名だが、それがなんなのか本質的なことは分かっていない。

 分かっているのはそれが人体や自然に有害で、モンスターや悪魔を生み出すことがあるということくらい。あ、あとは女神様の力が有効なことも分かっている。


 ここに来るにあたり、僕は王城の本をかき集めて瘴気のことを勉強したけど、結局これ以上のことは分からなかった。

 だけど千年以上の時を生きているルーナさんならなにか知っているかもしれない。僕はそう思ったんだ。


「瘴気は闇の魔力の塊だ。そしてそれは……冥神ハデスの残滓ざんしでもある」

「冥神ハデス……?」


 この世界では聞いたことがない名前に、僕は首を傾げる。

 僕が知っている神様は、僕に力をくれた女神ヘスティアと勇者に力をくれた女神アテネの二人だけ。その二人以外にも神様がいたんだ。


「かつてこの地、レガリアには多くの『神』が住んでいた。人と神は手を取り合い、幸せに暮らしていたのだ」


 ルーナさんは昔を懐かしむように語る。

 きっとその時代はとてもいい時代だったんだろうね。


「だがその栄華は長くは続かなかった。冥神ハデスは悪魔と自らを信奉する魔族を率いて、この地を侵攻し始めた。神と人間、そして神の力を与えられた獣『神獣』は闇の軍勢と戦ったのだ」


 神獣、という言葉は初めて聞いたけど、きっとフェンリルみたいな特別な力をもった獣のことだと思う。神様の力を与えられたから、人の姿になったり普通の獣とは違うことができるんだ。


「その戦いは『神魔大戦役』と呼ばれた。我らは辛くも勝利したが、その代償は大きかった。戦いに参加したほとんどの神と人間、神獣は命を落とし、この地は消えぬ瘴気に蝕まれた。なにより最悪であったのはハデスを殺すことはできず、封印するに留まってしまったことだ」


 悔しげにルーナさんは語る。

 以前教えてくれた『戦い』とはこの戦争のことだったんだね。


「ハデスは今も地上を監視している。そのせいで神と神獣は地上で力を振るうことができぬ。奴に観測されると面倒になるのでな」


 ルーナさんは自分の力を振るいたがらないけど、それにはそんな理由があったんだ。

 女神様が地上から姿を隠しているのもきっとこれが原因なんだろうね。ハデスに観測されないために、人に力を分け与えるだけに留めてるんだ。


「……と、少し話しすぎたな。このことを知っているのは生き残っている神獣と長命種のエルフくらいのものだ、あまり他言しないでくれると助かる」

「はい、貴重なお話をありがとうございます」


 大丈夫だと思うけど、僕の後ろに乗っているレイラにも話さないよう言っておく。

 女神様が一人じゃないということが知られるだけでも大騒ぎになるんだから、あまりこの情報は話さないほうがいいと思う。


 それにしても瘴気にそんな歴史があったなんて。

 神の鍬で浄化できるとはいえ、気をつけなきゃね。


 そう考えていると、ルーナさんが走るのをやめて止まる。目の前には鬱蒼うっそうとした森が広がっている。

 その木は瘴気に侵されているものも多い。大地の中心部に近いこの森は、かなり瘴気の影響を受けているみたいだ。


「さて、着いたぞテオドルフ。この森の中にエルフたちは住んでいるはずだ。もっとも100年前と変わってなければ、の話ではあるが」

「ここまでありがとうございます。後は自分の足で歩きます」


 僕とレイラはルーナさんから降りる。

 するとルーナさんは人型となる。あの大きい体じゃ森の中は動きづらいのかな?


 僕たちは辺りに注意しながら、森の中に入っていくのだった。

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