第5話 王位を奪おう!

「どういういことですか兄さん!? 父上から王位を奪うだなんて急に……」

「急じゃないさ。これは前々から考えていたことだ」


 兄さんは冷静な口調で言う。

 その顔に迷いはない。どうやら本気みたいだ。


「第二王妃、イザベラ様が亡くなられてから、父上は変わってしまった。前より力を求め、民の声を聞かなくなってしまった。その結果、各地で飢餓や疫病、盗賊による被害が倍増してしまった。テオドルフも少しは耳に入っているだろう?」

「……はい」


 アイシャさんたちもそのせいで村を離れ、ここに逃げてきた。

 兄さんの話からするに、同じようなことが王国各地で起きているんだろうね。だとしたらその被害は計り知れない。


「城にいても王国の実状を知ることはできない。だから私は旅に出た。この目と耳で王国の今を知るためにね。そうして知ったんだよ。王国の本当のをね」


 兄さんは目を伏せ、悲しげに言葉を続ける。


「――――地獄だった。まさか王国の腐敗がここまで進行しているなんて、思いもしなかった。もはや対症療法では間に合わない。腐敗の根源を断たなくては、王国は十年も持たないだろう」

「その根源というのが……」

「ああ、父上だ。国王ガウスを王位から引きずり降ろさなければ、王国に未来はない」


 兄さんは真剣な目を僕に向けながら、そう言い放つ。

 国王を王座から降ろす。その言葉はいくら第一王子であろうと立派な反逆・・の言葉だ。もし誰かに聞かれ、それが父上の耳に入れば大変なことになる。

 兄さんなら普通に王位を継ぐこともできるだろうけど、まだ父上は国王の座を降りるつもりはない。それを待っている内に王国は駄目になってしまうだろうね。


 ……まさかパトリック兄さんがそんなことを考えていたなんて。驚きだ。


「でも兄さん。王座から降ろすってどうやるつもりなの? 父上を倒したって兄さんが繰り上がって国王になれるわけじゃないよね?」

「それなら心配いらない。フォルニア王国には古い法があってな。そこに書かれているんだよ。国王が乱心した時、特定の条件を満たすことで国王の座を降ろすことができるってね。ふふ、古い文献をあさってこれを見つけた時は驚いたよ」


 兄さんは得意げに言う。

 結構本は読んだはずだけど、そんな法があったなんて知らなかった。それを見つけるなんてさすが兄さんだ。


「特定の条件というのはなんですか?」

「ああ、説明しよう」


 兄さんはそれを僕に説明してくれる。

 その条件をかいつまんで言うと、


・周辺国に王位を奪うことを伝え、認可をもらうこと(最低三国)。

・事前に王国に王座を奪う意志があることを伝え、その上で国王を倒すこと。

・それを成すのは王位継承者であること。


 とのことだった。

 うわあ、大変そうだ。兄さんはこんなことを成そうとしていたんだ。


「他の国三つから協力を得なくちゃいけないんですね……。いくら王国が腐敗しているからといって、簡単ではなさそうです」

「ああ、大変だったよ。特にウル皇国のジジイは頭が固くてね」

「え?」


 兄さんは懐から筒を取り出すと、その中から二枚の紙を取り出し、机の上に広げる。

 それは兄さんが王位を奪うことを認可する書状だった。それを認めているのはファルニア王国に近い二つの国家。つまりあと一つの国から認可を得れば、兄さんは王位を奪うことができる。


「す、凄い。まさかもうここまで進んでいたなんて……」

「はは、こればかりは父上の悪政のおかげだ。周辺諸国も今のフォルニア王国には困っている。最近は国境で小競り合いも多く、いつ侵略行為をしてくるんじゃないかと戦々恐々しているからね」


 今の父上は国力を上げるためなら侵略行為も厭わないだろう。

 事実数年前に隣接する小さな国を無理やり自分の国の領土にしてしまった。当然他の国から批判されたけど、父上はそれを一蹴していた。あれのせいで他の国とも溝ができてしまった。


「準備ができたら、私は父上を討ち、そして王位を継ぐ。まあ国王の座に興味はないけど、かわいい弟に国の復興なんて面倒くさいこと、押し付けられないしね。ニルスは論外だし」

「兄さん……」

「それに、この村を見て思った。テオドルフはここ・・に必要な存在だ。お前ならきっとこの死の大地を復興することができる。それは私にはできないことだ」


 そこまで言って、兄さんはなにかを思いついたように手をぽんと叩く。


「そうだ。私が王位を得たしたあかつきには、ここを独立して新しい国にしよう! そしてテオドルフは初代国王になるんだ。いい案じゃないか?

「ええ!? 僕がここの国王!?」


 兄さんのとんでもない提案に僕は驚く。

 領主ですら荷が重いのに、国王なんて無理だよ、と思っていたけどなぜか今まで黙って話を聞いていたレイラとガーランは乗り気で、


「素晴らしい提案ですね。国王となったテオ様にかしずけたならば、どれほど幸せなのでしょう……」

「ははっ! 面白くなって来ましたな! テオドルフ様が王座につけば、私もまた騎士になれるというものです」


 恍惚の表情を浮かべているレイラは放っておいて、確かに僕が王になればガーランを再び騎士にしてあげることができる。それは大きな魅力だね。


 それに国として独立すれば、更にここにいる人たちを守ってあげられるかもしれない。

 今のこの土地はあくまで王国の領土。父上の機嫌一つでどうなるか分からない。


「……僕が王様になるかは置いておいて。父上の行いは確かに見過ごせません。なにか力になれることがあれば言ってください」

「ありがとうテオドルフ、心強いよ。君の力が借りられるなら百人力だ」


 そう言って僕と兄さんは握手を交わす。

 王位を奪うなんて大変そうだけど……こっちには心強い味方がたくさんいる。きっとみんなとなら乗り越えられるはず。僕はそう思うのだった。

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