第10話 契約をしよう!
自分が王子であることを明かすと、ローランさんは驚いたのか目を少し開く。
身分を偽ることは簡単だ。どこかの地方貴族だと適当に言ってもバレる可能性は低いと思う。
だけど今は大丈夫でも、嘘はいつかバレてしまう。この先も関係を維持していくなら下手に嘘をつくべきじゃないと思った。
相手に心を開いてもらうには、こちらも誠意を見せなくちゃいけない。僕は社畜時代を思い出しながら交渉に臨む。
「……これは失礼しました、テオドルフ殿下。非礼な振る舞い、お許しください」
ローランさんはそう言うと、その場にかしずく。
まさかすぐに信じてもらえるとは思わなかったので、僕は少し驚く。
でもお城にいた時はあまり外の人と話す機会がなかったので、そこまでかしこまられると困惑してしまう。僕は慌てて「大丈夫です。顔を上げてください」とお願いする。
「僕は王子ですが、今は王都を追放された身です。王族と同じ扱いはしないでいただいて大丈夫です。一人の地方領主と接するくらいの態度で構いません」
「……なるほど、かしこまりました。ではテオドルフ様とお呼びしてもよろしいですか?」
「はい。それでお願いいたします」
レイラは嫌がるかもしれないけど、僕はなるべく領民とも近い距離感で接したい。
それにこの人とあまり立場が離れてしまうと、公平な交渉はできない。
王族の立場を使って上から接したらすぐ連絡がつかなくなる。かと言って
上からでも下からでもなく、なるべく公平な立ち位置で交渉してWin-Winの関係を目指すんだ。
「ローランさん、私はこの『北の大地』の領主を父より任されました。しかし知っての通りこの土地を開拓するのは困難です。今のところはなんとかなってはいますが、それもいつまで続くか分かりません。ですのでぜひベスティア商会とは懇意にさせていただきたいです」
「なるほど。そういうことでしたか」
ローランさんは僕の目をじっと見ながら、話を真剣に聞いていた。
きっと僕のことを見定めているんだろう。
商人は『利益』をなにより重んじる。相手の方が偉ければ礼節を払ってくれるけど、偉いからといってなんでも言うことを聞いてくれるわけじゃない。
両者の間に利益が生まれないなら、あっという間に切り捨てられて連絡が取れなくなるだろう。
だからこの人に「こことは付き合う価値がある」と思わせなくちゃいけない。
要するにプレゼンだ。それなら社畜時代に何度もやったことがある。まさかあの地獄の時間が活きる時が来るなんて。
よし、やるぞ。まず僕はテーブルの上に置かれていたトマトを一つ取ってローランさんに差し出す。
「これを食べてみてくれませんか? この土地で取れたものです」
「……かしこまりました。いただきます」
ローランさんは嫌な顔せずそれを受け取ると、かじる。
すると驚いたように体をびくっと震わせて、トマトを凝視する。
「驚きました。色々な国を回りましたが、これほど美味しい野菜は始めて食べました」
よし、まずは好印象だ。
美味しい食べ物の需要は高い。味にうるさい貴族はこれをこぞって欲しがるだろう。安定して供給できると分かったら、商人が黙っていられるはずがない。
「まだ畑は小さいですが、今後はどんどん農地を増やして野菜や果物をたくさん作る予定です。まだ人手は少ないですが、領民を増やす予定ですし、手伝ってくれるゴーレムもいます」
ちらとゴームの方を見ると、今がアピールチャンスだと思ったのかゴームがマッスルポーズを取る。いったいどこであんなポーズを覚えたんだろう。
「なるほど、それはとても魅力的なお話です。……ところで気になっていたのですが、あのゴーレムはいったいどちらで手に入れたのでしょうか?」
「あ、あれは僕が作りました」
「…………えっ?」
ローランさんは驚いたように声をあげる。
まあ確かに簡単に信じられる話じゃないか。嘘だと思われても嫌なので、近くにあった木の棒をつかんで実演する。
「
木の棒の形が見る見るうちに変わり、剣の形を取る。
木でできているので斬ることはできないけど、その形は精巧だ。それをローランさんに渡すと興味深そうに眺め始める。
「クラフト系のギフト……なんと珍しい。それにこの精度、継ぎ目一つなくとても美しい。まさに神業と言ったところでしょうか」
ローランさんはその剣を眺めると、ぶつぶつと呟き始める。
「しかしあれほどのゴーレムを一人で作ってしまうとは……それが本当なら王都にも匹敵する戦力を有していることになりますね。しかもその戦力を食糧生産にも転用できるとなると、その生産力は小国を上回ることになる。早めに様子を見に来て正解でした……なんとしてでも友好関係を結ばなくては……」
「ど、どうかされましたか?」
「あ、いえ。こちらの話です。申し訳ありません」
気になって話しかけると、ローランさんはひとり言をやめる。
「ありがとうございます、テオドルフ様。よい物を見せていただきました。それではお仕事のお話をいたしましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
その後僕たちは細かい話をすり合わせた。
向こうが有利過ぎる条件を出してこないか警戒していたけど、ローランさんはそのようなことは提案してこなかった。あくまでWin-Win、お互いが気持ちよく取引できる内容だ。
少し話しただけだけど、この人は頭が回って話しやすい。社畜時代に会えていたらいい取引相手になっていたと思う。
「……では今回はお野菜を数点いただき、こちらからは作物の種、そして不足分は王国通貨をお支払いするという形でよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
無事契約が完了して、僕たちは握手をする。
余った野菜を処理して新しい種と通貨を手にすることができた。これは大きいぞ。
お城を出る時、通貨はほとんど貰えなかったけど、これで他の領地で買い物をすることができる。欲しい物はほとんど
「これで全部、ですかね。それでは今回のところはこれで失礼いたします。テオドルフ様」
収穫し渡した作物を馬車に詰め込んだローランさんは、御者台に乗る。
これから彼は商会に行き、渡した野菜や果物の価値を鑑定、そしてそれを基準にまたここを訪れて商売をしてくれる。
「いい取引ができました。またよろしくお願いいたします」
「はい。また」
また会うことを約束して、ローランさんは去っていく……かと思ったら、ローランさんは振り返って話しかけてくる。
「そういえば南西の森に避難民が村を作っていると聞きました。なんでも他の領地で起きた戦から逃げてきたようです。領民をお探しであれば、一考の価値があると思います」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いえ、いい商売ができましたほんのお礼です。それでは」
そう言ってローランさんは今度こそ去って行った。
……ふう、緊張した。久しぶりの商談だったけど、まあまあ上手くやれたかな?
前世で仕事している時によく見かけた、無理難題をふっかけてくる商談相手と比べたら五千倍まともな人で助かった。
「テオ様、お見事でした。きっとあのローランという者も、テオ様の手腕に舌を巻いていることでしょう」
「え、そうかな?」
「はい。最初こそテオ様が若くて超絶プリティなので舐めているように見えましたが、別れる時はそのような気配が消え失せておりました。あの商人もテオ様の偉大さを知り得た様子、きっとよき商売をしてくれるでしょう」
「はは……そうだといいけどね」
今回はうまくいったけど、僕に利用価値がないと分かればすぐ手を切られてしまうと思う。
そうならない為にも、急いで領民を集めて発展させないとね。
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