第11話 王子、誤解される

 北の大地に続く道を南下する、一台の馬車があった。

 荷台が一つ繋がれたその馬車の御者台に乗り、馬を操るのは狐の獣人、ローラン・アロペクス。

獣人を中心に構成された『ベスティア商会』に所属する彼は、22という若さながら商会の多くの事業を任されている才溢れる人物であった。


 第三王子テオドルフと別れ、しばらく道を進んだ彼は、一人つぶやく。


「ギフトを得られなかった『無才の王子』が北の大地に追放されたと聞き、興味本位で様子を見に来ましたが……まさかこれほど面白いことになっているとは思いませんでしたよ。来て正解でしたね」


 彼の大きなひとり言に返事をするものはいない。

 あまり舗装されていない悪路を頑張って駆ける馬の足音だけが虚しく響く。


 するとローランは後ろを振り返り、荷台に向かって話しかける。


「もう話しても大丈夫ですよクラストさん」

「……別に人目を気にしていたわけじゃない」


 荷物にかけられていた布が一枚落ち、その下から浅黒い肌をした男が現れる。

 黒髪で鋭い目をしたその男の体は鍛え抜かれており、いくつもの斬られた傷が見て取れる。腰に下げているショートソードは手入れが行き届いて歴戦の戦士であることが伺える。


 クラストと呼ばれた男は名の通った戦士であり、現在はベスティア商会で用心棒をしていた。


「すみませんね、荷台に隠れてもらっていて」

「これが仕事だ、構わない」


 クラストはぶっきらぼうに返事をする。

 暇を持て余したくないローランは、沈黙が場を支配する前に言葉を続ける。


「でもクラストさんは気配を消すのがお上手ですね。まったく気づかれてませんでしたよ」

「そんなことはない。あの場にいたメイドは私に気づいていた」

「え? そうなんですか?」

「ああ。俺に殺気を当て続けていた。肝が冷えたよ」


 クラストはあまり感情を表に出さない。

 そんな彼がそこまで言うとは、よほど恐ろしかったのだろうとローランは思った。


「気になって少しだけ外をメイドの姿を見たが……驚いたよ。あいつは『“天剣”のレイラ』だ」


 クラストとの言葉にローランは「え!?」と驚く。


「天剣のレイラというと……2年でSランクの冒険者にまで上り詰めた、あの有名な冒険者ですか?」

「ああ。一度冒険者ギルドで見たことがあるから間違いない。冒険者を辞めてなにをしているのかと思っていたが、まさかメイドになっているとはな。見つからないわけだ」


 彼女はその美貌と卓越した剣技で多くの人から羨望されていた、有名な冒険者であった。

 しかしある日を境に姿を消し、誰もその消息を知らなかった。今日、この日までは。


「まさかそんな有名人と出会えるとは思いませんでした。ちなみにクラストさんなら勝てますか?」

「いくら金を積まれてもごめんだ。こんなところで死にたくはないからな」

「……ほう、それほどですか」


 クラストは百戦錬磨の戦士である。

 傭兵、冒険者など様々な経歴を経て、今は商会の用心棒をやっている。


 そんな彼が絶対に戦闘を避けたいと思うほどレイラの実力は抜けていた。


「それより王子殿の方はどうだったんだ? 使えそうか?」

「……使えるなんて話じゃありませんよ」


 ローランはテオドルフとのやり取りを思い返す。


「あの人と話している時、私はまるで同年代の商人と話している気持ちになりました。王族はおろか、貴族と話している時さえそう思ったことはありません。あの幼さ、王族の教育環境でどうやってあの視点を、話術を身に着けたのか……末恐ろしいですよ」


 手綱を握るローランの手に、汗がにじむ。


「私は何度かこちらに有利な条件を提示しようとしました。しかしそれらは全て先回りして潰されてしまいました。そして両者が得をする条件へ続く道を舗装され、その上を歩かされた……ふふ、完敗ですよ」

「へえ、普通に話しているようにしか見えなかったけどな」

「ふふ、商人でないあなたにはそう見えるでしょうね」


 いいように誘導されたローランだったが、不思議と嫌な気持ちにはなっていなかった。

 それどころか自分と同じ視座を持った者と出会えて嬉しいとすら感じていた。


「……もしかしたらあの王子はわざと追放されたのかもしれませんね。腐敗しつつある王国に嫌気が差し、あそこから抜けるためにギフトを得られなかったと嘘をついて、王都から逃げ出した。そう考えると辻褄が合います」

「なるほど、それはあり得るかもしれないな。だとするならば王子殿は今の王よりもずっと優秀ということだ。早めに知り合うことができたのは僥倖ぎょうこうだったな」

「ええ。切り捨てられないようにこちらも誠意を持って付き合わなければいけませんね」


 テオドルフの知らないところでどんどん株が上がってしまう。

 自分たちが勘違いをしていると気づくことなく、ローランは商会へ帰還するのだった。


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