第9話 突然の来訪者

「はー、お腹いっぱい」


 すっかり満たされたお腹をなでながら、僕は一息つく。

 自動製作オートクラフトによって作られたかまどは、しっかり動いてくれた。それで焼かれたパンはとてもふっくらしていて、お城で食べた物よりもずっと美味しく感じた。


 そのパンに畑で取れた野菜を挟んで、レイラが作ったソースをかけたサンドイッチなんかは更に絶品で、ほっぺたが落ちるかと思った。

最高の食材と最高の腕が合わさり最強だった、今まで食べた料理でも五本の指に入るのは間違いないね。


「もうすぐコーヒーができますので、少々お待ち下さいね」

「うんー」


 テーブルでぶらぶらと足を揺らしながら、レイラのコーヒーを待つ。

 今使っているコーヒー豆は、お城から持ってきたものだけど、畑で栽培してみるのもいいかもしれない。神の祝福が宿った土地で作ったコーヒーなんて美味しいに決まっている。


「いいできだったら他の領地に『売る』のもいいかもね。お金はいつか絶対に必要になるだろうし。まあその前にまずは領民が増えないといけないけど……」


 領民はゴームを入れても二人。こんなんじゃ村とも呼べる状態じゃない。

 神の鍬のおかげで食料問題も解決できたので、次は領民を探さないとね。


「……でも領民ってどうやって増やせばいいんだろう?」


 普通だったらその土地に住む人が自動的に領民になる。

 だけどここは死の大地、誰も住んでいない土地だ。となると他の土地に住んでいる人たちを招き入れるしかないんだけど、わざわざ死の大地に移り住みたいと思う人はいないだろう。


 ここに来てもらえば瘴気をどうにかできていると分かってもらえると思うんだけど……そもそもここに来てもらうのが難しい。


 うーん、どうすればいいんだろう。

 僕は頭を悩ませる。すると、


「ゴー……」


 今まで座っていたゴームが突然立ち上がり、警戒したように一点を見つめる。

 いったいどうしたんだろうと思っていると、レイラもゴームが見てる方を向き、剣に手をかける。


「……テオ様、お下がりください。誰か来ます」

「へ?」


 二人の見ている方を見ると、確かにレイラの言う通り遠くからなにかがやってくる。

 あれは……馬車? 一台の馬車がこっちに向かってきている。


 こんなところになんの用だろう。僕はゴームの足元に隠れながら事態を見守る。


「こんにちは。少しお時間よろしいでしょうか?」


 馬車が家の近くに留まり、一人の男の人が御者台降りてくる。

 細長い目をした、金髪の男性だ。薄い笑みをたたえていて、なんか本心が読めない感じの人だ。

その人の耳は頭頂部からぴょこんと上に立っていた。お尻からはもふっとした尻尾が出ているし、どうやら獣人みたいだ。

 耳と尻尾の形を見るに犬? いや、狐の獣人かな?


 レイラは警戒心を保ったまま、その人に返事をする。


「あなたは誰ですか? なぜこのような辺境の地に?」

「おっと、警戒させてしまい申し訳ございません。私はベスティア商会のローランと申します。警戒するに値しない、しがない商人ですよ」


 ローランと名乗った商人はそう弁明する。

 確かに馬車は一般的な行商人が使うような物に見える。武装しているようにも見えないし、危険なようには見えない。

 だけどレイラは剣をつかむ手を離さなかった。


「商人がこの地になんのようですか。ここには取引するような相手はいないはずです」

「ええ、その通りです。だから気になったのですよ。このような地に赴いた……あなた方が、ね」

「……っ!」


 レイラの剣を握る手に力が入る。

 するとローランさんは慌てたように手を上に上げて戦意がないことを表明する。


「ちょ、ちょっと待ってください! 敵意は本当にないんですってば! 私はあなた方に純粋に興味を持ったから接触コンタクトしに来たんです! このような不毛な大地に一台馬車が向かったと聞いて、様子を見に来ただけなんです!」


 商人の情報網は凄いと聞いたことがある。

 僕たちは特に人目から隠れて移動したわけじゃないからバレてたんだ。だとすればローランさんの言っていることはおかしくない。


 ローランさんはちらとゴーレムと畑に目をやり、話を続ける。


「仲間はそれほど興味を持たなかったので、私だけが来ましたが……どうやら私の勘は当たったようです。死の大地で畑を作ってしまうとは驚きです。それにこれほど大きなゴーレムも見たことがない。実に興味をそそられる……ぜひお話をお聞きしたい」


 ローランさんは細長い目を少しだけ開く。

 獲物を見るような真剣な目だ。きっと百戦錬磨の商人なんだろう。


 レイラはそんな彼を警戒しているのか、冷たい態度で突き放す。


「話すことはありません、お帰りください」

「これは悪いお話ではないはずです。我々ベスティア商会は多種多様な商品はもちろん、資材、食品、そして情報を取り扱っております。必ずやお役に立てると自負しております」


 ローランさんはそう食い下がるけど、レイラはそれを受け入れようとはしない。

 僕を危険に少しでも巻き込まないようにしてくれているんだ。


 その気持は嬉しい。だけど……この機会チャンスを逃すのは、もったいないと感じた。

 確かにリスクはあるけど、商会と繋がれるのは大きい。商会は利益になるなら敵にはならないはず、上手く共生できたら領地開拓の心強い味方になるはずだ。


 一回深呼吸して、前に踏み出す。

 大丈夫だ、社会人経験は少しだけある。きっと上手くやれるはずだ。


「レイラありがとう、下がっていいよ」

「……っ! かしこまりました」


 レイラは一瞬だけためらったけど、僕の真剣な表情を見て察してくれたのか下がってくれる。

 前に出る僕を見て、ローランさんの目に好奇の色が浮かぶ。


「初めまして、私はベスティア商会のローラン・アロペクスと申します。この度は突然の訪問で誠に申し訳ございません」


 ローランさんは深く頭を下げて挨拶してくる。

 まだ名乗っていないのに、ずいぶん丁寧だ。さっきのレイラとのやり取りで、少なくとも僕が貴族以上の身分であると察したのかもしれない。


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 こういうのは最初が肝心だ。

 頭の中で何度も言う言葉を考え、それを口にする。


「僕はテオドルフ・フォルレオンです。フォルニア王国の第三王子で……今はここ、北の大地の領主を任されています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る