第29話 お見送りしよう!
アダマンタートルを倒した三日後。
ローランさんとアンさんは帰ることになった。もともとは一日だけ泊まって帰る予定だったんだけど、モンスターたちの襲来で滞在が長くなった。
「お世話になりました。準備を整え次第、またお伺いします」
「はい、お待ちしてます」
ローランさんはアダマンタートルの素材を物凄く欲しがっていたけど、手持ちのお金が足りず断念していた。余裕を持って用意してたみたいだけど、地竜と飛竜の素材を買うのに使い果たしてしまったみたいだ。
なので次はたくさんのお金と、足りない物資を持って来てくれるよう約束をした。布系なんかはここらで取れないので持ってきてもらえるのはとても助かる。
「あ、そういえばお聞きしてなかったのですが、こちらの領地の『名前』は決まったのでしょうか? 教えていただけますと契約書を作るのに助かるのですが……」
ローランさんの質問に僕は「あ゛」と返す。そういえばまだ決まってなかった。
王国ではその領地を持つ貴族の名字が名前になるのが習わしだ。隣のヴィットア領はヴィットア伯爵の持つ領地ということになる。
その習わしに従えば、ここは僕の名字がつくことになるんだけど……そうはいかない。
なぜなら僕の名字フォルレアンは王家の名字。それを領地の名前にしてしまったら、ここが王家の領地に見えてしまう。
だからこの領地には別の名前をつけなくちゃいけない。
そういえばまだ村の名前も付けてないし、どうしよう。こういうの考えるの苦手なんだよね……。
「ふふっ、悩んでおるようだな」
「え?」
突然空中からすたっと現れたのは、フェンリルのルーナさんだった。
その大きい耳で会話を聞いていたようで、彼女はナチュラルに会話に入ってくる。
「この地の名前であれば、良い案があるぞテオドルフ」
「本当ですか!?」
「ああ、この大地は瘴気に侵される前、とても繁栄していた。各地から名だたる『王』が集まり栄華を誇っていた」
昔を懐かしむようにルーナさんは言う。
その時のここは、どんな感じだったんだろう。僕も見てみたかった。
「やがてこの地は羨望を込められ、こう呼ばれるようになった。王の土地『レガリア』。ここを再興するのであれば、これ以上の名はないだろう」
「レガリア領ですか……確かにいいですね!」
死の大地を昔のように復興させるという意味でも、過去の名前を使うのはいいと思う。
僕がそれを採用すると、ルーナさんは嬉しそうに笑う。彼女にとってもその名前は思い入れがあるんだろうね。
そして最初に作ったこの村の名前は『ルカ村』とした。
これはこの場所にあったという街の名前から拝借した。多くの種族が集うその街はまさに『
僕もここが色んな人が住む村にしたいな。
「かしこまりました。それでは領と村の名前は記録させていただきます」
「よろしくお願いします。ところで……アンさんはどちらにいるんですか?」
もう出発する時だというのに、アンさんの姿がなかった。
ローランさんは馬車に乗っているのにどうしたんだろう?
「す、すみませ~ん!! 遅れました!!」
話をしているとアンさんが慌てたように走りながら現れる。
その手にはたくさんの野菜が抱えられている。どうしたんだろう、あれ。
「この馬鹿っ! なにをしていたんですか!」
「ひぃっ! ごめんなさい! 今日帰るって言ったら村の人に捕まっちゃって……」
涙目で謝るアンさん。
どうやらあの手に抱えられている野菜は、村の人に貰ったものみたいだ。そういえばアンさんは村の人とかなり打ち解けていた。きっと帰ることを惜しまれて捕まってしまったんだろう。
「でももう大丈夫です! しっかりお別れは済ませてきたんで!」
「はあ……あなたという人は。本当に一人で大丈夫でしょうか……」
「へ?」
ローランさんの言葉にアンさんは首を傾げる。
僕もいったいなんのことだろうと思っていると、ローランさんが僕の方を向いて真剣な表情になる。
「テオドルフ様、実はひとつお願いがあるのです」
「え、はい。なんでしょうか」
少し緊張しながらそう尋ねる。
するとローランさんは想像だにしていなかったことを口にする。
「私の後輩を……アンを、このルカ村に置いていただけないでしょうか」
「……えっ!?」
突然の提案に驚く。
いったいどうして……と尋ねる前にアンさんが大きな声を出す。
「ど、どどどういうことですか先輩っ!? 私クビですか!? そんな、それだけは許してください! もう遅刻も好き嫌いもしませんから!」
涙目で訴えるアンさん。
確かに彼女は抜けているところがあるけど、それでクビは可哀想だ。僕もフォローしようとするけど、ローランさんは首を横に降ってそれを否定する。
「クビではありません。あなたにはここルカ村で
「え……?」
呆けた声を出すアンさん。
ローランさんの提案を聞いた僕は「なるほど」と納得する。ルカ村にはたくさんの通貨が入った。となれば店を開いて商売することができるようになる。
僕たちはベスティア商会と懇意にしてるから、最初の店は彼らの経営するものであるべきだ。
「アン、正直あなたは商人に向いていません。嘘をつくのは下手だし、簡単に騙される。人が良すぎるのです。それでは他の商人に食い物にされてしまう」
「う゛……それは、そうかもしれませんが……」
犬の耳をぺたりと下げてしょんぼりするアンさん。
どうやら思い当たるフシがあるみたいだ。
「しかしあなたには、私にはない才能があります。それは『人に好かれる才能』、私ではこの短時間でこの村の人たちとあなたほどの絆は育めません」
「先輩……」
確かに素直で愛くるしいアンさんは、村の人とすっかり仲良くなっている。
それは誰にでもできることじゃないだろう。
「あなたであればこの村の人と良好な関係を築き、よき商売ができるでしょう。この大役、務めていただけますか?」
「……分かりました、私やります! 先輩の期待に応えて見せます!」
アンさんは力強く頷く。
するとローランさんは次に僕の方を見る。
「テオドルフ様、アンがこの村に店を開くのを許可していただけないでしょうか? もちろん店の開店資金等はこちらで負担いたします」
改めてローランさんはそう提案してくる。
僕としてもお店ができるのは大歓迎だ。村の人も喜ぶだろう。
だけど彼が提案したある一点の条件だけは飲めなかった。
「はい、こちらこそお願いいたします。ですが……お店はこちらで用意いたします」
僕はそう言って
この村で住むなら、アンさんはもう仲間だ。できる限りの支援はして当然だ。
「す、すごい。これが本当に私のお店……!?」
「はい。足りない物がありましたら言ってくださいね」
「とんでもありません! 私、ずっとこういうお店をやりたかったんです! お二人の期待に応えられるよう、全力で頑張りますね!」
眩しい笑顔を見せるアンさん。
こうして僕たちの村に、また新しい仲間ができたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます