第7話 かけっこ

「ハッハッハッハッ」


 フェンリルの子どもは、村の中をまるで滑るように駆け抜ける。

 全身のバネの強さが他の生き物とは段違いだ。


 だけどその子は僕を突き放すのではなく、時々後ろを振り返りながら走っている。逃げたいんじゃなくてちゃんと遊びたいみたいだ。向こうも楽しめるように僕も頑張らないと。


自動製作オートクラフト、土壁!」


 フェンリルの行く手に壁を出現させる。

 村の構造はよく把握している。どこを塞げば逃げ道を消せるかは織り込み済みだ。


 このまま追い込めば……と思ったけど、フェンリルはぴょんとジャンプして家の屋根の上に乗ってしまう。


「さすがにそう簡単にはいかないか……! でも!」


 フェンリルが乗っている家に向かって僕は走る。

 あの子みたいにジャンプして家に乗るなんて無理だ。だけどそこに至る道を作ることはできる。


自動製作オートクラフト、階段!」


 石の階段が一瞬にして出来上がり、屋根までの道が完成する。

 さすがに驚いたのか様子を伺っていたフェンリルは「がう!?」と声を上げたあと急いで逃げ出す。


「いいよ、気が済むまでやろう……!」


 地上に降りて逃走を始めるフェンリル。

 僕はそれを追うことはせず、家の屋根の上で自動製作オートクラフトを発動する。


 次に作ったのは空中の歩道・・。屋根と屋根の間を繋ぎ、中間を支柱で支えている簡素な歩道だ。道は途中で分岐させたり新しく伸ばしたりできる。これなら障害物に邪魔されずフェンリルを追跡できる。


「ここだ!」


 空中を走ってフェンリルの上に到達した僕は、狙いを定めて空中歩道から飛び降りる。

 だけどそれを察知したフェンリルは急加速して僕の飛びかかりを回避した。


「お、自動製作オートクラフト、ベッド!」


 地面に激突する直前、ベッドを出して着地する。

 ふう、少し無茶しすぎたかもしれない。怪我したら大変だし気をつけないとね。


「ハッハッハッハ……」


 フェンリルは着地した僕を少し離れたところから期待したような目で見つめていた。

 どうやら楽しんでくれているみたいだね。期待を裏切らないように頑張らないと。


「よし、行くよ!」

「わふっ!」


 その後も僕たちは村の中を駆けずり回った。

 あらかじめ道を塞いでおいてそこに追い込んだりもしたけど、その子はとても賢くてすぐに気づいて罠を回避した。


「ふう、ふう、さすがに疲れてきたね……」


 気がつけば追いかけっこを初めて一時間は経過していた。

 いくら前より体力が増えているとはいえ、息が上がってくる。


 それは向こうも同じようで息が荒くなっているのが見て取れる。そろそろ休憩したほうがいいかな……そう思った時、事件それは起きる。


「わうっ!?」


 屋根の上を走っていたフェンリルが、足を滑らせる。

 そしてそのまま数メートル下への地面へ落下してしまう。


 元気であれば空中で姿勢を制御して着地できるだろう。でも今その子は疲労している。このままだと怪我をしてしまうかもしれない。

 僕は疲れてピクピクしている足に鞭を打って駆ける。


自動製作オートクラフト、ジャンプ台!」


 作ったのは大きなバネを内蔵したジャンプ台。

 斜めに設置されたそれに両足を乗っけると、バネが勢いよく解き放たれて僕は急加速する。


「間に合え!」


 僕は勢いそのままに空中のフェンリルに抱きつく。そして地面に激突するより早く、次の物を作り出す。


自動製作オートクラフト、ベッド(大)!」


 二人は余裕で寝られるキングサイズのベッドを作り出し、僕とフェンリルはそこにぼふっと着地する。大きいだけあって弾力も普通のベッドより高い。衝撃は全て受け止められ安全に着地することができた。


「大丈夫? 怪我とかない?」


 体を起こして、フェンリルの様子を見る。

 見たところ目立った怪我はないし、痛そうにもしてない。


 大丈夫かな、と思っているとフェンリルが僕の顔をぺろっと舐める。


「わっ、くすぐったいよ」

「わふっ、わふっ」


 じゃれあうように舐めたり頭を擦り付けたりしてくるフェンリル。

 そういえば実家で飼っていた犬もこんな風に甘えてくることがあったっけ。その時のことを思い出しながら、僕はフェンリルの頭や首をわしゃわしゃとなでる。


「すっごいふわふわの毛だね。それなのにまるで絹のようになめらかだ。いくらでも触ってられるよ」

「わふっ」


 褒められたのが嬉しかったのか、フェンリルはお腹を見せてもっとなでてと言ってくる。

 そのお腹をわしゃわしゃとなでていると、ルーナさんが近づいてくる。


「かけっこは終わったようだな。それにしても……ずいぶん懐かれたものだ。フェンリルたらしの素質がある」

「なんですかそれ。僕たちは友達になっただけですよ」


 そう言うとフェンリルも「わんっ」と肯定するように吠える。

 心が通じているみたいで嬉しい。


「そうだテオドルフ。その子に名前を付けてくれぬか? お主であればその子も喜ぶだろう」

「へ? 名前ってないんですか?」

「フェンリルは同族同士を名前で呼ぶことはない。我らは人や神と深く接する時に初めて名前を付けられる。我も名前がついたのは生まれてからしばらく経ってのことだった」


 なるほど、そうだったんだ。

 確かに名前がないと人間の世界じゃ不便だ。フェンリルは9頭もいるし名前は絶対にいるね。


「……でも急に言われてもすぐには思いつきませんよ」

「別に思うままつければよい。我もまるで月のように美しいから『ルーナ』と名付けられた。お主もその子に抱いたイメージを名前にすればよい」

「イメージですか」


 僕は考えながらこの子の毛をなでる。

 足の速さも印象的だけど、やっぱりこの綺麗な毛が一番印象に残る。だったら……


「絹のような手触りの毛なので『シルク』とかどうでしょう?」

「ほう、いいじゃないか。お前はどうだ?」


 ルーナさんがフェンリルに尋ねると「わんっ!」と元気に返事をした。

 どうやら気に入ってくれたみたいだ。


「ふう、ほっとした。名前を付けるのって緊張しますね」

「くくっ、なにを安心しておる。まだお主の役目は残っておるぞ」

「え?」


 ルーナさんの言葉であたりを見渡す。

するとベッドの側に他の8頭のフェンリルも集まっていた。そして全員が期待に満ちた目で僕のことを見つめている。これってもしかして……


「みなお前に名前を貰いたいみたいだ。ちゃんと考えてやっておくれよ」

「うう、頑張ります……」


 僕は結局その後うんうんと頭を悩ませながら、フェンリル全員の名前を考えるのだった。

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