第22話 勇者の加護

 初めてアリスと会った時のことは覚えている。

 たくさんの大人に囲まれていた彼女は、ひどく寂しそうな顔をしていた。


 そうだ、だから僕は彼女と友達になろうと思ったんだった。


「あの時は恥ずかしくて言えなかったけど……うれしかった。テオのおかげで私は私のままでいることができた。あのまま一人だったら大人たちに洗脳されて、ただ戦うだけの機械になりさがっていたかもしれない」


 勇者の教育は確かに一種の洗脳だ。

 世のため人のため、戦い続けることを宿命付けられる。

 本当にそれが人のためになるならまだいいけど、偉い大人の中には勇者の力を自分の欲望のために使おうとする人もいるだろう。

 もし洗脳されていたら、それが悪事と気づかずに行ってしまうかもしれない。


「だからテオ、ありがとう。私がこうしていられるのはあんたのおかげよ。心を許せる仲間にも出会えて、自分らしく生きることができてる」

「そんな、それは全部アリスのおかげだよ。僕の方こそアリスに助けられてるし」

「ふふっ、確かに。あんたいつもは大人しいのになぜか厄介なことに顔を突っ込んでたものね」


 アリスはおかしそうに笑う。

 笑う彼女の仕草は勇者ではなく普通の女の子に見えた。

 今みたいに笑えるようになれた理由の一つが僕なのであれば、これほど嬉しいことはない。


「……ねえテオ。一つ提案があるの」

「え? なに?」


 アリスの言葉に首を傾げる。

 すると彼女はこちらに近づいてきて、僕の両手をぎゅっとつかむ。


「『加護』の話あったでしょ? あれ、私でも試してみない?」

「えぇ!?」


 突然の提案に僕は声を上げて驚く。

 加護は強力な力を持った人が、大切に想っている人に力を与える行為。

アリスは強い力を持っているし、僕との付き合いも長いからできる可能性は確かに高い。だけど、


「どうやって渡すかは覚えてるよね……?」

「は、はあ!? なに意識してんのよこのスケベ!」


 アリスは耳まで真っ赤にして叫ぶ。

 そっちもめちゃくちゃ意識してるじゃん、という言葉は飲み込んでおく。


「なにもしないであんたに死なれるのも気分が悪いから仕方なくよ仕方なく! ほら、分かったらジッとしなさい!」

「で、でも」

「なによ嫌だっていうの!?」

「いや、もちろんそんなことはないけど、アリスが嫌かなって……」

「じゃあ黙ってなさい!」


 ぐっと手を押さえられ、身動きを封じられる。

 アリスは数度深呼吸すると、意を決したように僕のことをまっすぐ見つめてくる。

 そしてゆっくりと近づいてきて……「ちゅ」っと唇を重ねてくる。

その優しくてたどたどしいキスに、僕は凄いドキドキしてしまう。


「ぷは……んっ」

「……っ!?」


 すぐに唇を離すアリスだけど、なんともう一回キスしてきた。

 一回目はたどたどしかったけど、二回目は初めより上手だ。学習能力が高すぎる、これが勇者の力ってこと……!?


 長い時間二回目のキスをしていたアリスは、ゆっくりと顔を離す。

 その顔は真っ赤だけど、どこか晴れやかだ。


「いい? 一回目のは勇者としてだけど、二回目のは私としてのやつだから」

「それって……」

「残念だったわね。仕方なくって言ったのはウソ。本当はずっとあんたとこうなりたかった」


 そう言ってアリスはとす、と僕の胸に体を預けてくる。

 ふわりといい匂いが鼻をくすぐる。突然の行為に僕の胸はきゅんとしてしまう。


「アリス……!」


 その小さな肩を抱こうとすると、アリスはひょいと僕から体を離して避けてしまう。


「こ、これで終わりっ! 続きはこの戦いが終わったらねっ」


 べー、と舌を出してアリスは言う。

 なんだこのかわいい生き物は。まさかアリスにこんな気持ちを抱くなんて思わなかった。


「だから……ちゃんと生き抜きなさいよ。こんなところで死んだら許さないから」


 アリスは最後にそう真剣な表情で言って、去って行く。

 そっか、アリスの行動は僕に発破をかけるためでもあったんだ。


「女の子にあそこまで言わせちゃったんだ。頑張らなくちゃね」


 アリスの気持ちに応えるためにも、絶対に勝って見せる。

 僕はそう決心するのだった。

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