第10話 勝利の宴

「ゴーーッ!」

『ヒィ!』


 ゴームの硬く重い拳がガツン! と振り下ろされ、最後のゴブリンが倒される。

 ゴブリンキングを倒した後は、ゴブリンたちの統率が取れなくなってずっとこっちが優勢だった。僕も少しは援護したけど、村の人たちとゴームだけで全然勝つことができていた。


「か、勝ったんだ!」

「やったー!」

「これでもう、襲われずに済むんだな……!」


 村の人たちは涙を流しながら喜び合う。

 なんだかその様子を見ていると、こっちまで涙が出そうになってしまう。よかった、こんな僕でも役に立つことができたんだ。


「みんな、もう出てきても大丈夫だぞ!」


 僕たちが勝ったことが伝わり、村長さんの家に避難していた人たちも出てくる。

 勝利を知った彼らも涙を流して喜び合っている。その様子を見ていると、ある人物が僕のもとに駆け寄ってくる。


「テオくん!」

「わっ!?」


 その人物、アイシャさんは涙を流しながら僕に抱きついてくる。

 自然とその大きな胸に僕の顔は埋まってしまう。


「ちょ、アイシャさん、やめ……」


 胸の間からぷはっと顔を出して抗議しようとする。

 だけど彼女の顔を見て、僕の言葉は止まる。


「ありがとう……本当に……っ」


 アイシャさんは、大粒の涙を流しながら何度も御礼の言葉を言ってきた。

 ゴブリンは女性を要求していた。当然アイシャさんも狙われていただろう、その恐怖は計り知れない。今まではそれを押し殺していたけど、無事になって今まで抑えていたものが溢れ出してしまったんだ。


「もう大丈夫ですよ。全部終わりましたから」

「うん……うん……っ」


 今度は僕の胸の中に顔を埋めるアイシャさんの頭を、僕はしばらくなで続けるのだった。


◇ ◇ ◇


「それでは我らの勝利と、最大の恩人で功労者であるテオ殿に……」

「「「「「乾杯っ!!」」」」」


 村の人たちはそう叫ぶと、一斉にお酒の入ったコップをぶつけ合う。

 時刻は夕方。まだ戦いで荒れた物を全て片付けたわけじゃないけど、勝利の宴が始まってしまった。村に備蓄してある食料が、全て食い尽くす勢いで調理されていく。お酒も宴が終わる頃には全てなくなってしまうだろう。

 でもそれを誰も気にしないほどに、喜んでいた。

 その様子を見ていると僕もなんだか嬉しくなってくる。少しは領主としての自覚が芽生えてきたのかな?


「あ」


 その時、僕はあることを思い出す。

 そういえばまだ村長のガラドさんにも、領民を探していることを伝えていない。それどころか他の人には僕が王子で領主であることすら知られていなかった。

 ここの人たちとは仲良くなれたから、ぜひ領民になってもらいたい。でもどういう風に誘ったらいいだろう? 今はお祭りモードだし言い出しづらい。


「うーん……」

「どうかしたのテオくん?」


 悩んでいると、後ろにいるアイシャさんに話しかけられる。

 いや、後ろにいるというのは少し違うか。僕は今アイシャさん膝の上に座っているのだ。最初は普通に一人で座っていたはずなのにいつの間にか抱き抱えられていた。

 恥ずかしいので何度か退こうとしているんだけど、その度ご飯を「あーん」と食べさせられたり、「テオくんは本当に凄いねえ」と頭をなでられたりして逃走を封じられている。


 アイシャさんはとてもかわいらしいお姉さんなので、そういう風に扱われると僕も満更ではなくなってしまう。気づけば逃げることをやめてすっかり身を委ねてしまっていた。恐ろしい姉力だ……


「な、なんでもないですよ」

「そう? あ、これまだ食べてないんじゃない? こっちもおいしいよ、いっぱい食べてね」


 再び餌付けタイムが始まってしまう。

 このままじゃずるずるとここに居着いてしまいそうだ。もう辺りも暗くなり始めて来てしまった。このままじゃ夜になってしまう。


「……あ。そろそろレイラも家に帰っている時間だ。いつまでもここにいたら心配させちゃうよね」


 レイラは僕のこととなるとかなり大げさに心配する。黙って家を空けたことがバレたらどうなるか分からない。そうなる前に一旦家に戻らなきゃ……と考えていると、ズドドド! と大きな音がこちらに近づいてくる。


「……へ?」


 その大きな音は木を次々となぎ倒し、宴をやっているここへ、猛スピードでやってくる。


「テオ様ッ! お呼びですか!」

「な、レイラ!?」


 なんとやって来たのはメイドのレイラだった。

 よほど急いで走ってきたのか服には小枝や葉っぱが引っかかっている。


「ど、どうしてここが分かったの?」

「私は一流のメイドです。名前を呼んでいただければ星の裏側からでも馳せ参じます」

「いや、でもどこにいるかは分からなくない?」

「声のした方向とテオ様の可愛らしい匂いをたどればこれくらい簡単です。メイドですから」


 絶対他のメイドはできないことなのに、『メイドだから』という雑な理由でレイラは押し通してくる。レイラの中でメイドは完璧超人という位置づけなのかな。


「……それよりテオ様。そちらの女性はどなたでしょうか」


 レイラは突き刺すような冷たい視線を、僕を抱きかかえているアイシャさんに向ける。

 あ、まずい。王都でもレイラは他のメイドが僕と親しくすることを嫌がっていた。こんなとこ見たら嫌がるに決まっている。


 アイシャさんは少し怯えた様子でレイラに返事をする。


「わ、私はアイシャと言います」

「アイシャさん、貴女は自分が抱きかかえている方がどなたかご存知なのでしょうか?」

「え、えと。テオくんですよね?」

「くん呼びなんて羨まし……じゃなくて恐れ多い! その方は私の最愛の主人にして、この地を統べる最高の領主、テオドルフ・フォルレアン様ですよ!」

「て、テオくんが……領主様!?」


 アイシャさんが叫ぶと、周りの人たちもざわざわと騒ぎ出す。

 ……言う手間は省けたけど、説明するのが大変そうだ。


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