第7話 ゴブリンキング

「ゴブリンキング……!」


 ガラドさんの出したその名前は、僕も知っていた。

 ゴブリンキングはその名の通り、ゴブリンの『王』だ。普通のゴブリンより体格が大きく、力も強い。その戦闘能力は鬼人オーガより強いというから驚きだ。


 ゴームが正面から一対一で戦うことができたらなんとかできるかもしれないけど……相手には大量の手下がいる。一対一に持ち込めるかどうかは分からない。


「ゴブリンキングは今日の昼過ぎにもう一度この村に来ると言いました。今からだとあと二時間くらいでしょうか。その時に若い女性を全員差し出さなければ、村の者たちを殺して無理やり奪い取ると言いました。先程来たゴブリンはそれが待ちきれず先走った者たちでしょう」

「なるほど……」


 事態は思ったより深刻そうだ。

 ゴブリンキングはベテランの冒険者でも倒すのが難しいと思う。とてもじゃないけど、村の人たちが勝てるような存在じゃない。


「……これからどうされるおつもりですか? 逃げる用意をしているようには見えませんが」

「数名のゴブリンがこの村を監視しています。一人ならまだしも、村人全員で逃げるのは不可能でしょう。村人を残し逃げることも、女性を渡すこともできません。たとえ勝てぬ戦だとしても、我らにはそれしか道が残されていないのです……」


 悲痛そうな表情を浮かべるガラドさん。選んだその先に破滅しかないことをよく理解しているんだろう。

 確かにこの状況は絶望的だ。仮に女性を差し出したとしても、ゴブリンたちの搾取は終わらないだろう。きっと餓死するまで永遠に食料を要求されるだろう。


 この状況を打開するには『勝つ』しかない。

 そして僕にはそれを助けることのできる力がある。


「ガラドさん。僕から提案があります」

「……伺いましょう」

「僕には『物を作る力』があります。その力を使えば、この村に防衛設備を作ることができます。資源も時間も充分にはありませんが……村の人たち総出で取り掛かれば、ゴブリンたちを迎え打てるようにはなると思います」


 戦いは攻めるより守る方が有利だと聞いたことがある。

 ゴブリンたちが長期戦に出たら食料が切れて不利になるかもしれないけど、ゴブリンがそんな悠長に戦うようには思えない。

短期戦で来るなら防衛戦法の方が有利なはずだ。『自動製作オートクラフト』の力はそれにかなり役立つと思う。


「……テオ殿。貴方のお力は聞いております。その力を貸してくださるのであれば、これほど頼もしく、嬉しいお話はありません。しかし……なぜそこまでしてくださるのでしょうか?」


 ガラドさんは僕のことをじっと見ながらそう尋ねてくる。


「その所作と気品、きっと名のあるお家で生まれ育ったのだとお見受けします。我らには貴方にお返しできるものなどございません。それなのになぜ、そこまで尽くしてくださるのでしょうか?」


 ガラドさんの疑問はもっともだ。

 急に押しかけて見返りを求めず助けますなんて言ったら不審に思って当然だ。


 この問いにそれっぽいことを言ってごまかすことは簡単だ。

 だけどこの先もこの人たちと付き合うことを考えると、嘘は悪手だ。誠意を持って接しないと信頼関係は築けない。

 これは社畜時代の教訓だ。


「僕にメリットならあります。なぜならこの森の北東部は、僕の領地だからです。そこに避難してきたあなた方は、領民と同じです。当然僕には保護する責務があります」


 そう言うと、ガラドさんはヒゲをピクリと動かし目を見開く。

 きっとそんなことを言われるなんて想像もしていなかったんだろう。


「テオ殿、あなたはいったい……何者なのですか?」

「僕の本名は『テオドルフ・フォルレアン』。フォルニア王国の第三王子にして、ここ北の大地の領主です」

「なんと……そんなことが……っ!」


 ガラドさんは震える声でそう言うと、その場にかしずき、頭を垂れる。

 一瞬見えたその目には、涙が浮かんでいた。


「どうかお願いします殿下……この村をお救いください……っ! 我らにできることであればなんでもいたします。なので、どうか、どうか……っ!」


 僕はそう懇願するガラドさんの肩に手を乗せる。

 お願いされなくても、初めからそのつもりだ。


「任せてください。僕がなんとかします」


 僕はまだ少しビビっている自分に言い聞かせるように、そう宣言するのだった。


◇ ◇ ◇


「ゴブリンとの戦いの指揮はテオ殿が取る! 村の者たちは彼の言うことを聞くように!」


 ガラドさんは村の人たちにそう伝えてくれた。

 まだ村の人全員が僕のことを信じてくれているわけじゃないけど、村長がそう言ってくれたおかげで、言うことを聞いてくれるようになった。


「まだ殿下が王子であることと、領主であることは伏せていただきたい。村の者たちが混乱し、作業に支障が出る可能性があります」

「分かりました」


 変にかしこまられて動きが悪くなる方がいけない。

 僕は流れの魔法使いということにしてもらった。これなら変に緊張することも少ないだろう。


「それで……テオさん、だったか? 俺たちはなにをすればいい?」

「いったいどうやってゴブリンと戦うんだ?」


 不安そうな顔をした村の人たちが話しかけてくる。

 僕はずっと考えていた案を口にする。


「まずはこの避難地を『要塞化』します。そして武器を整え、全員でゴブリンを迎え撃ちます」


 ざわ、と村人たちは困惑する。

 要塞化なんてそんなことできるのかという不安が顔に出ている。僕はそんな彼らを安心せるため、能力ちからを見せることにする。


自動製作オートクラフトやぐら!」


 大量の木材を消費して、村の真ん中に大きな物見櫓ものみやぐらを建設する。

 この上にいれば避難地全体を見渡すことができるし、高所から攻撃することもできる。


「それと……自動製作オートクラフト、防護柵!」


 次に村の入口に木製の柵を設置する。

 柵には木のトゲがあり、突っ込んでくると相手に刺さる仕組みになっている。簡単に突破することは難しいだろう。


「す、すごい……! 一瞬にして柵が!」

「これなら村を守れるぞ!」


 自動製作オートクラフトの力を見た村の人たちの顔が明るくなる。

 よし、これなら作業も進みそうだ。


「村を守るためにはみなさんの力も必要です。どうか力をお貸しください」


 そうお願いすると、村の人たちは「はい!!」と返事をしてくれる。よし、これならなんとかなるはずだ。絶対にこの避難地を守り抜いて見せる!

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