043/実験


普段なら最も気にしている深度上昇を後回しにしていた。

いや、意図して無視していたような気さえする。

多分それは、冷静でない時に気付いてしまえば悪手を取る事への警戒と。

次から次へと増えていく、新たな情報の波に溺れていたかったからかもしれない。


(ま、今更だな。)


目の前の光景を眺めつつ。


「………………え、と。 紫雨、ちゃん?」

「あ~……付与効果付きだねぇ」


倉庫の中、白骨死体を一旦部屋の隅へと移動させてから手を合わせ。

書類を調べる担当と、仕舞われていた箱の内部を調べる担当。

前者が俺と灯花、後者がリーフと紫雨。

残りの前衛二人、白と伽月は外での警戒。


勿論、内部を調べることは改めて灯花を介して相談済み。

朝方に呪法を試し、効果は大きく持ち直したようだったが。

体力が回復したからこそ、弱っていた身体は睡眠を求めたらしく再び就寝。

夕方、再度実行する際に同席させて貰えるように手筈は整えた。


(伽月の時も思ったが、やっぱり初めの頃は成長早いんだよなー。)


全員で食事を取った後、各々の状況を口頭で確認しておいた。


俺自身は既に割り振った、と口にするだけで細かくは聞かれず。

聞く範囲だと紫雨と灯花以外の全員が1増加、灯花は2増えていたらしい。

まあ昨日やらかしたこと、実質的にパワーレベリングだもんなぁ。

あんまり宜しくはないが、その内霊力の調整とかは叩き込んでおきたい。


灯花の回復呪法と精神面の状態異常治癒、それに結界作成と浄化、呪符を扱う能力と。

専門的な部分ばかりで、継戦能力に乏しい状態になっているのはまあ致し方ない。

実際問題、霊力なんかの自己治癒よりも消費量が少なければ無駄になるし。

理想は均等で釣り合うか、若干消費量が多くなることなんだが……まあ無理は言えない。


「あの……お兄様?」

「ぁー、うん悪い。 何かあったか?」

「いえ、先程と同じような感じで。」


早朝際、月の淡い光を浴びているようなそうでもないような中。

こっそりとを取得したことを思い出しつつ。

書物の内側を見ては顰め面をし、不必要な物入れに移す灯花に声を掛けられた。


今探しているのは、文面と言うよりは呪法陣に利用できる情報。

文字を読むのではなく、記号や図を探している……というのが正しいか。


どうしても陣を描く場合は配置表を示す関係上、それそのものを書くことが多い。

ただ、神を固定する場合は完全に描いてしまえば発動してしまう危険もある。

その対策として幾つかの頁に分け、或いは記号単体をのみ記し汎用性を持たせ。

何も起こらない、という対策を取って保管するものだと推測した。


果たして、その答えは半分正解で半分間違い。

そのまま書いていても発動していないらしいものもあれば、対策されているのもある。

意図して知識だけを身に着け、能力を取得しないことで発動させないようにしたモノ。

幾つかの知っていた知識と、全く知らなかった内容を覚える勉強にもなっている。


「良さそうなのが見つかればいいんだが……」

「良さそうな防具ならあったよ~?」

「…………探さないと、駄目、だよ?」

「道理だわなぁ」


零した言葉に反応し、向こうの二人が口を開く。

何かしらの発見報告、そして嗜める言葉。

それに形ばかりの謝罪を返し、幾つかの視線を受けながら。

サボってばかりもいられずに、手元の何冊かをパラパラと流し読む。


んー、これは文字だけ。 単純に記録だけ。

此方は……詩文の試し書きか? 個人のも紛れてるんだな。

これは書の試し書き用か。 ノートに纏める必要あったのか?

そんで……。


「お?」


ちょっとしたアドバイスや『鳥居』の寓意化が描かれた頁が目に入り。

一から読み直すことにした。


ええっと、題は『式神に関しての研究日誌』……?


……『式』じゃなく、『式神』?

少しばかり嫌な予感を感じながら、やや禁忌とも思える内容を読み解き始める。


『神を招き入れるには何よりも入り口、そして座する場所が必要となる。』

『去らぬように、神そのものが好むものを配置するのが最も効果的。』

『陣を人の肌に刻むことで、その神を人に宿せる可能性がある。』


それぞれに付いて線が伸び、細々とした補足が付け加えられている。

どうやら誰かに報告するためのものではなく、自分だけが理解できれば良い類のもの。

そして、その内容の幾らかは予想していた通り。

一部の研究者が持つ特有の、邪悪な成分が漏れ出ていた。


(……いやいや、おいおい。)


招く、という思考は分かる。

そして去らぬようにする、というのも分かる。

実際、神々の力を借り受ける武具はいつしかその効果を薄れさせることだってある。

それを防ぐため、そして最大効果を発揮できるように護符や呪符を作る上で試行錯誤もする。

ただ、一番最後のものは――――何だ?


宿?)


その発想自体は理解できてしまう。

古代から謳われる意味合いでの『巫女』。

神を降ろす才を持つ人物からの神託を受け、或いは人以上の力を発揮して貰う。

そういった能力がないとは言わないし、負担や消費を度外視するなら霊能力者だって取れるモノ。

ただ、これを見る限りでは――――その存在を人と成り変わらせるモノ、と読み取れる。


(リーフみたいな天然物じゃなく、人工的に行おうとしていた記録。)


周囲に疑われないように、使えそうな部分だけを手元の紙に書き写す。

そうしながら、内容をさらに掘り進める。


『神職の才を持つモノ程、より良い【宿り木】になるという想定は間違っているらしい。』

『実験体の消耗率が4割を突破。 より長く持つ方向性へと研究を移すべき?』


……ひょっとすると、あの受付の奥の気配はこの犠牲になった人物達のものか?

俺ではどうしようもないと思ったのも、それなら納得がいく範疇。


そして、途中で途切れた内容分。

最期の最期に書かれた言葉。


『常世の神を降ろすことに成功。 以降はにて研究を続行する。』


……………。

………………………。


はぁ、と溜息を吐いて天井を見上げ。

口に出せない答えを大きく発する。


……こうなった原因の片割れ、こいつらのせいじゃねえか!?

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