074/時間
互いに何をするのか、そんな様子見をする余裕もなく。
最初の手番で失った流れを引き寄せるため、先んじて動く。
「伽月、紫雨ッ!」
地面に突き立てた長柄から広がる呪法陣。
本来は音声を込み、相手の皮膚……というよりは『防御』と言う概念を弱める呪法。
元いた世界にも存在していた、呪術としての概念の一つ。
皮膚自体を、肌自体を、存在自体を弱めることで他の干渉の成功率を引き上げる行為。
本来だったら成功率を引き上げる為に声が必須となる現状で、それを省いた理由。
『疑ギっ』
黒板に爪を立てたような異音に似た声を垂れ流し。
意味を持たない、或いは理解できないような言語で此方をニタニタと見つめている神へ。
ほんの僅かでも意識を此方へ傾けるために、先制してそうした形を取ったというだけ。
(確実に通るか分からん
それを放つ筈の……最初の手番でそうする筈だった少女の行動の失敗。
想定していなかった訳では無いが、知らず知らずの内に成功を前提としていた気もする。
常に悲観的に。
常に失敗することを前提に。
常に最大威力の
そうしなければならない。
そんな思考を抱え続けなければいけないのに、僅かに気が緩まされていた気がする。
(さっきの声での副作用か何か……或いは俺自身のみに対しての相性問題、どっちだ!?)
大きく振るわれる右腕。
地面に突き立てた長柄を斜めに傾けながら大きく後方に飛び、地面から引き抜く。
次の瞬間に感じる衝撃と、吹き飛ばされる感覚。
身体――――動く、大した被害じゃない。
『君への影響……というよりは、その眼を介しての介入じゃないかな』
僅かな疑問。
何方の場合なのかに拠って取る対策も僅かに変わる、それだけの事。
半ば独り言であり、俺自身の悪癖でもある情報を求めた言葉。
それに当然のように声を返してきたのは、姿だけを象った
(どういう、意味だ?)
『単純な話さ』
ちらり、目線をソレへ向け。
『君がその眼を以て介入できたんだ。
相手がその眼を利用して介入できない道理も無いだろ?』
口元を邪悪に歪め。
本来の、その姿を持つ少女ならば浮かべないような笑みを浮かべているのは分かった。
悪意もなく。
善意もなく。
契約の下、追い求めるものに忠実に……それでいて契約のみは必ず果たす。
退屈、という神さえも殺す猛毒から開放された身だから……だろうか。
そして、それを自分の体験として感じているからだろうか。
考えていること全ては理解できずとも。
今までの言動から推測することくらいは、出来なくはなかった。
(……思考の、というよりは判断への大枠の介入。
もしそれが正しいとするなら、多分直感的な行動に対しては無理。
事前に練っていた、或いはある程度考え続けていた事への僅かな歪み、か?)
相手が得意とし、今まで操っていたモノとの繋がり。
運命を操作するのなら、それに至るまでの道程に介入出来ないとも思えない。
つまり……長期間同じことへと意識を向ければ。
決定的なことを間違いかねない、ということ。
(――――厄介な)
浅い一呼吸。
そして同時に動き出した、声を発した二人へ目線を向ける。
既に行動し、僅かながらも意識を此方へ向けた代償と結果が映し出されている。
「ッ!」
「あぁ、もう大盤振る舞いにしかならないんだけどぉ!?」
意識を取り戻し、動き出したのは……やはりというかなんというか。
少なからず交戦し、似た経験を持つ二人が先。
浮いた腕の脇へと切り上げるように振るわれた刃。
接するか接しないか、その時点で周囲にブレて傷跡を多数付ける術技が一。
けれど、相手の皮膚かその上か。
金属製の、先程とも似たような――――けれど僅かに鈍い音が刃先と身体から響きながら。
その動きに隠れるように距離感を保ちつつ。
普段の、間延びしたような口調は欠片も見せず。
背負った袋の横から取り出し、宙にバラ撒くのはやや朱色と、藍色に染まった何かの粉。
一度だけ肉体に及ぼされる悪影響を防ぐ使い捨ての呪具。
そして、もう一つは精神に及ぼされる影響を防ぐ方。
要するに……つい先程受けたような足止めを、一度だけ無効化出来る膜のような効果を発するモノ。
それが周囲に効果を発揮する――――そして、同時に朱色に光り輝き弾け飛ぶ。
見れば、腕を振るう大元。
顔の辺りから垂れ流される影、にも似た黒い領域。
それが周辺に広がり、微かにのみ色合いが変わっている。
(朱色……肉体系状態異常、色合いだけ見るなら猛毒なんかのDoT系*1)
戦闘のための脳内処理。
情報を抜き取るための思考処理。
同時に相反する内容を回しながら、手番の変化を確認する。
脳内で新たに気合を入れつつも、周囲の動作と自身の動きを噛み合わせて連携を取る。
地面の色合いさえも紫に染まり。
僅かに踏み込みが淀んだような気がして、咄嗟に叫んでいた。
「……腐食!」
毒系列の中でも、行動失敗を同時に誘発する可能性を持つ状態異常。
麻痺程には可能性は高くなくとも、万が一を考えればその対策に手が取られてしまう。
分かってはいたが――――厄介にも程がある。
数歩後ろで同時に呟かれている、毛色の違う詠唱二つ。
伽月の攻撃の合間を縫い、再びに出血を狙う白の加速。
そういった幾つかの要素を鑑みながら、無意識に片手の武具を強く握っていた。
…………受け継いだ。
知ってしまった、切り札が最大効果を発揮するまで。
時間という全てに平等な其れが、必要なのが歯痒かった。
*1:ダメージ・オーバー・タイム/ターン。 一定周期毎に一定のダメージを受け続けるバッド・ステータス。
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