039/堕ちた人


「そうですね……何処から話せば良いんでしょうか。」


そんな切り口から始まった独白。


けれど、俺自身の内心は何割かは別方向へ。

彼女自身が呟いた、変貌した……という事象へ向いていた。


恐らく一族間の関係性は無いか、あっても薄いとは思う。

けれど、『それ』の有無を何処まで知るのか。

無性に父上に確認したくなった、がこれも後回しだ。


「先ず、今までに語った事は全て事実です。

 ただ、一族の恥になる部分は伏せていた所もありますが。」

「……そうだな。 まず、その”恥”について教えてくれるか?」


分かりました、と頷く。


「私が育った里は……簡単に言ってしまえば、

 或いは逃亡者たちが住まう隠れ里みたいなところでした。」


伽月が語る所に拠れば。

彼女の里は敗北者……つまり、『妖達との戦いに心が折れた超能力者の里』。

或いは『仲間を見捨て、逃げた超能力者達の最後の居場所』としての役割があったらしい。


前者は……まあ、そういうものだというのは分かる。

理想と現実の差に屈し、自ら幽世に潜ることを放棄する超能力者。

身体能力の低下に伴い、街などでの支援に回るのとは違う。

純粋な『心』の問題――――或いは、自身の才能と取得能力の不適合ミスマッチで行き詰まる。

数値としてだけ、ではあるが俺自身にも経験はある。


それでも、後者は意味が分からない。


「……仲間を見捨ててどうするんだ?」

「どうも。 自分が死なないことを優先したんだと思いますよ?

 そして……私の家系は、その逃亡者の一族でした。」


父が仲間を捨て、村へ逃げてきた。

先に住んでいた心が折れた母を強引に身籠らせ、私が産まれた。

姉は正確には義理の姉。 母の連れ子だった。

産後の肥立ちが悪く、私と引き換えに母は亡くなり。

そうして、姉の婚約者として同じ里に住んでいた兄弟子が婿入りし。

超能力者として旅立つまでの間修練を重ねていた。


淡々と語られる彼女自身の経歴。

何処か自分事ではないように感じるのは、過去という物を切り捨てているからか。

或いは、関わること事態を恥だと感じているからなのか。


>>選択:話を聞く

>>実行中...


視界の画面の文面も少しだけ移り変わっている。

俺が選んだ行動が映っているだけ、という意味ではリーフの時とは違う。

ただ、これは明らかな異常だと認識し続ける必要はある。


「今になって思えば、あの男は私を切り捨てようとしていた側面もあったと思います。」


その途中から、伽月は父親のことをこう呼ぶようになっていた。

微かに残っていた情さえも切り捨てたような、そんな錯覚。

この世に留める為の糸が一本切れたような、そんな感覚。


「そして、決定的になったのは――――。」


思い出したくもない光景を思い出すように。

目の奥の炎が更に増す。


多分、俺だから何となく分かってしまう。

この炎のような、規定を踏み越えたから堕ちたのだろうと。


自身の中の妖に敗北する。

自身の中の妖に勝利する。

恐らく、その何方に傾きすぎても五体満足には居られない。

これは外部から何を言っても無理な問題で……最後の一線は自分で選ぶ必要があるのだと。


でした。

 そして、その残滓を私と兄弟子が見てしまったこと。」


その時には既にあの男は住居から姿を消していて。

あちこちを死にもの狂いで探していた伽月は、二人でどんな話がされたのかを知らないのだと。


ただ、その結果として。

彼女にとっての姉は、兄弟子――――婚約者の手によって生命を落とし。

兄弟子は鬼へと変貌し、立ち塞がった村人を斬り伏せて父親を殺す旅に出たらしい。


「私もその直後に旅に出ました。

 村の連中は私を『村を護るための戦士の母』にでもするつもりだったようですけれど。」


ああ、吐き捨てる内容には心当たりがある。

所々が明らかに狂っているけれど。

幾つかの大切な破片が欠けてしまっているけれど。

複合しすぎているけれど、その断片一つ一つのイベントには心当たりが思い浮かぶ。


(だからか、伽月の存在に全く思い当たらなかったのは。)


ランダムヒロインとして登場する中での、有り得ない形で継ぎ接ぎに構成された過去。

固有名を持つヒロインとして登場する、その中での継ぎ接ぎの最悪の結末を迎えた母や姉に対し。

ただ一人残された、名前さえも話としても語られることのない末裔。

復讐するモノとして用意された、処刑人。


彼女に用意された立ち位置は。

主人公がヒロインの末路を知った後。

主人公が自身の成長のために――――或いは手が届かずに救えなかった後。

『当然の流れ』として首謀者を抹殺する為だけに生み出される掃除屋か。


「なら、伽月が兄弟子を探していたってのは。」

「はい。 可能なら元に戻し。 無理なら……私が命脈を絶ち。

 その後であの男をこの世から消す為です。」


其処までは、もうやるものとして決めているらしい。

ただ、井の中の蛙とまでは言わずとも。

実際に外などに出たことがある兄弟子には一度勝てず、その後で妖に襲撃され。

俺達に拾われた、というのが経緯だということ。


「私が立ち塞がった時……兄弟子は私を殺せたのに殺しませんでした。

 一太刀で済ませただけかもしれませんが……それを、未だ残る慈悲だと信じたい。」


いや、信じたかったというのが本当ですか。

そう、彼女は呟いて口を閉ざした。


目線は、改めて。

俺を見つめ直して。


――――答えを、求めていた。


彼女をどうするのか。

俺達は、どうするのか。

その決定権を握る、俺へ。

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