040/願い


まず、と。

乾いた唇に罅が入るのを感じながら、言葉にした。


「今の時点では勝ちようがない……っていうのは伽月も分かってるんだよな。」

「そう……でしょうね。」


自身で一度刃を交えたからか。

それとも今までに俺が取ってきた態度からか。

認めるまでに少しばかり間はあったものの、それでも自分自身で認めた。


「その上で、お前は彼を止めたいってことでいいんだよな。」

「はい。」


諦めろ、とは決して言えない。

恐らくそれは禁忌の言葉……言ってしまえば終わりだというのは俺にも分かる。

無理でも動く、というのはもう彼女としての根幹に成り果ててしまっている。


だから、俺が選べる選択肢は。

彼女を仲間とした時点で、既にどうするかを選んでいる俺は。


「……分かった。 ただ、直ぐに行っても同じことの繰り返しだっていうのは分かるな?」


受け入れつつも、それに対応するための行動を取る。

直行すれば即座に死ぬ、と互いが分かっているからこその対応。

但し、これにも問題はある。


「分かりますが、このままにすればまた手掛かりを失います。」


今すべきなのは、伽月を納得させること。

してはいけないのは、考え全てを否定すること。


此方が切れる手札は『仲間が同行することでの有利性』。

伽月に対して納得させるには、今直ぐ向かわないにしろ手掛かりを得続ける手段。

言い換えれば、その情報を得た上で可及的速やかに対応出来るまで深度を底上げる方法。

その内片方に関しては、俺だけは対応が出来る。

支払う代償の重さを考えなければ、だが。


(……予定が前倒しになるだけか。 親父さんに恨まれそうだが。)


あの人も何だかんだ成人前から活動してた人だ。

納得して貰う……しか、無いか。

例の『糸』の件が、何処に繋がっているのかさえも分からないのだから。


「紫雨に頼む。 実際に動いて貰うのは他の二人になるが。」


もし、その人斬りが兄弟子だった場合。

その場合は圧力を掛け逃さないようにして貰う。


もしそうでなかった場合。

それなら純粋に片付けて貰えばいいだけであり。

そして、頼んだ場合には父親の足取りを追える可能性がある。


西へ向かった、という情報がある以上。

商人同士の繋がりや売却歴等を追い掛ければ、人の数が殆どない辺境でもなければ捕まえられる。

兄弟子と父、何方を優先するのかは伽月に任せれば良い。


「これで動きを見張ってて貰う間に俺達は出来ることをする。

 ……お前が追ってる二人、知る範囲でいいが何かしら病とか背負ってたりしたか?」

「……いえ。 何方も五体満足でしたが、恐らく刀傷などは負ってるかと。」


時間制限があるのかどうかを確認する。

追い込み側が潰すまでの、ではなく。

その身体側が持つかどうか、という意味で。


「本来ならリーフにも頼るところなんだが……一応聞くが、探し人に縁深い持ち物とかあるか?」

「いえ。 精々折れてしまった刀ですが……これも大分私が使い込んでいますから。」


縁、という言葉単体は超能力者としての俗語に近い意味合いがあるのだが。

幸いなことにそれは通じたらしい。


長く使い込んでいる道具である程縁深い。

付喪神へと変質し、魔剣とさえ化して持ち主に付き従う武具……なんて言い伝えが残るほどに。

つまり、この場合は二人の何方かが長く所持していた物品の破片の有無を問い掛けた訳だ。


リーフの占いも、当人がその場にいないか関係しない場合。

結果を出すにはある程度の縁が存在する物品が必要となるらしい。

それでも”ある程度”で済む分、才能の基準が異常なのは変わらないのだが。


「ならやっぱり売却歴から追い掛けた方がいいな……。」


それを紫雨経由で依頼する。

その代償は……まあ、彼奴のことだから一歩踏み込む事への許可だよな。

実際他の街までの行商経験は浅いって言ってたし、いつかは経験すること。


恐らく親父さんはもっと深度が上の相手と組んで慣れさせたかったとは思うが……当人の意思だ。

幾ら言っても変わらなかった以上、勝手に着いてこられるよりは許可したほうがマシだな。


「……あの。」


どうするか、と対応準備を考えれば。

恐らく断られることを視野に入れていたのだろう彼女がぽかん、と変な顔をしている。


「何だよ。」

「……否定とか、しないんですか?」


否定?

……あー、親族が堕ちたからとか?

田舎ならありそうだなそういう排斥文化。


「する理由、あるのか?」


まあ、俺自身の家系のことを伝えていないというのもあるが。

……丁度良い、一応伝えておくか。


「それにな、俺の一族もそういった……堕ち人に縁深かったらしい。

 だから、もしかすると程度なんだが。」


こればっかりは父上に聞かないとわからないし。

もしかするとそういう一族が山程いたのかもしれないが。

少しでも彼女の意識を此方側に向けておこうと口にする。


 だから――――まあ、あんまり気にしないで良い。」


仲間の目的のために動く。

それもまぁ、この世界に産まれ落ちたならやっても良いはずだ。

無論、その為には出来る限り短時間で戦力を増やす必要があるが。


……やっぱり、無理にでも巫女を仲間に加えたほうが良いよな。

糸の件から繋がるように発生する事象。

まるで、その人物から距離を置かせるように起こっている。

それ自体にも、不信感はあるのだし。


「…………。」


気付けば、彼女の表情は呆けていて。

目の端から、水滴がポロポロと溢れていた。


特に、何かを言うでもなく。

動かずに、その場で少しだけ待ってやった。


一杯一杯だった彼女が、少しだけ落ち着くくらいの時間を。

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