044/悪夢


明らかに不機嫌なままの白を引き摺り退出。


次に会うのは準備を整えた後、出発の朝。

その時も恐らく、親父さんや紫苑さんとは顔を合わせられない。

俺の情報の裏を取ったり、西側の街に向かう際のリスク計算などで忙しくなるから。

だから必要と思われる消耗品などを書いた紙とある程度の業を紫雨に渡した上で任せた。

向こうは向こう、此方は此方でやっておくことがあったから。


「いつまでもふてくされるなよ。」


結局、白と話せたのは夕食の後。

やるべきことを済ませて布団に潜った

最近はリーフと寝ていたりしたのに、今日は当然のように俺の布団に侵入してきた。


「そうもなるわ。 吾の立場を狙う雌猫相手に。」


……いや、それもどうなんだ?

少なくとも今みたいなことはしないと信じたいんだが。


そんな事を思いつつ、布団の中で向きを変える。

背中を向けていた状態から見つめるように。

もぞもぞと手足を絡めて蓑虫のようになろうとするので手で押しやる。


「安心しろ、多分そうそうないから。」

「いざとなったらご主人押し倒されそうだと思うんじゃが。」


言わないでくれ。

それに関しては真面目に怖い。

その影響で修練を白兵戦寄りに変えるか真面目に検討中なんだから。


「……気をつける。」

「まぁ、あの雌猫はご主人を絶対に裏切らんだろうし……その点は安心かや。」


そうだな、と呟きつつ欠伸が出る。

若干適当な返事に対して猫パンチのような攻撃。

じゃれ合いを混ぜつつも、少しずつ夢の微睡みに落ちていく。

何方ともなく、おやすみと呟いたはずで。

意識を落とした――――筈だ。



……じゃり。


(ん?)


砂を踏むような物音に気付いて目を覚ました。

……いや、目を覚ましたというのもおかしな表現だった。


「……此処は?」


気付けば二本の足で見覚えのない場所に立っていた。


足下に転がるのは、元が何なのかさえ分からない程に散らばった血痕と肉片。

着ていた覚えの無い服装で。

手には四代目とも違う古びた長柄……杖を握り。

彼方此方に痛みが走るけれど、五体満足。

にも関わらず、感じ続ける絶望。


失敗した。

失敗した。

初めから、俺は間違えた。


奥から奥から湧き出てくる、そんな後悔に戸惑いつつも。

視界の奥に、見覚えのある背中が見えていた。


『久しぶりだな。』


聞き覚えがないはずなのに、誰なのかをその声で判断できた。

……三年前に見た、俺自身の後ろ姿。


一歩、近づこうとして。

けれど、脚が動かなかった。


「此処は?」


だから、せめて口だけを動かす。

同じ質問を、繰り返す。


見覚えのない装備。

見覚えのない姿。

肉片。

何故か、脳裏に浮かんでしまう一つの答え。


『お前自身が一番分かってるんじゃないのか?』


混乱に混乱を重ねる中で。

脳裏に浮かぶ答えが一つ。

今散らばっているのは失敗した後の俺達だ、という奇妙な確信と。

失敗した後だからこそ、こうして呼ばれたのだろうという相反する感覚。


俺だけが残された、という末路バッドエンドの末。


答えを導き出しようがない問いだけを投げつけられているような状況。

恐らく、目の前の『俺』は答えを与えようとしないだろうという諦観。

そんな入り混じった精神が、頭の中で堂々巡りを続けている。


『まあ……お前を呼んだのはな、だからだ。』


俺の混乱を無視して。

目の前の『俺』は語り続ける。

独り言のようで。

何かを教えようとしているように。


『お前が見えなければ。 気付かなければ『俺』はただ見ていただけだった。

 ただ、お前は気付いてしまった。』


一体何を言っているのか。

何に対してそんな事を言っているのか。

その疑問を口にしようとすれば。

先程までは自由に動いていた口が張り付いたように動かない。


『お前が選んだのは自らの目で見ることのみ。 だからこそ、かもしれんけどな。』


ずっと、背中が語っている。

口元が見えず、話していると錯覚しているだけなのかもしれない。

けれど、脳裏はそれを理解している。

見ること……選んだ? 最初の能力決定を言ってるのか?


『感覚の拡張を一つに絞った影響。 お前と同一になった存在。

 お前はもう『俺』とは別の可能性へと向かっている。 だから、助言できる。』


じじり、とノイズが走るように姿がブレた。

その時に、背中の奥に何かが見えた。


アレは――――パソコン、だろうか。

薄暗く、なにかの画面がちらちらと点滅しながら映っているのだけは分かる。


。 最後の最後まで可能性を残せ。』


大事なことを言っているはずなのに。

ノイズによってか、或いは聞く権限が無いとでも跳ね除けるためなのか。

聞こえる言葉が途切れ途切れで。


『奴等はお前を消そうとする。

 お前さえ消えれば他に誰も対応出来ず、ひっそりと終わるからだ。』


お前は狙われている、という言葉の重みを押し付けていく。

何に、という部分に関しては何も言わずに。

狙う理由に関してだけを告げる。


『立ち向かう最低の条件は満たしている。 後は――――。』


何かを囁こうとして。

やはり、ノイズ塗れの声だけが遠く。

少しずつ、意識と距離が遠くなっていく。


『仲間に身を任せろ。 最期の最期まで信じられれば、良いな?』


待て。

だから何を言っているんだ。

もう少し分かりやすく――――。

そんな幾つもの考えが浮かんでは泡に消えていく。


餞別だ、と声がした。


ぷつん。

そんな小さな音がして。

頭の上に張っていたのだろう、糸が切れるような感覚を覚えながら後ろへ。

引き摺られるように、跳ね飛ばされるように何処かへ飛んでいく。


肉体でなく、恐らく精神だけが。

俺が抜け落ちた後の『俺』が、その場に崩れ落ちるのが見えて。


ぷつん、と。

意識の糸も合わせて切られるように。

目の前が暗闇に包まれて。

意識さえも、闇に沈んだ。

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