067/継承


『――――』


白い光の中で、見知らぬ声を聞いた気がした。


『――――、――――』


画面越しに見た、幾つかの稚拙な文章で。

けれど、聞き覚えのあるような声が耳に届いた気がした。


『――――ね』


『――――だな』


良く聞き慣れた声。


幾度も聞いてしまった声。

失い、最後までを共にし、力を貸し与え合った相手の声。


そんな矛盾する二つが共存する中で。

確かに、何かが近くで話をしている気がした。


『――――んね』


『――――った』


その内容へと耳を向け、けれど極端な程に遠ざかり。

と、は。

最後に、何かを伝え合った……そんな気がして。

手を伸ばした其れ等が、微かに触れ合ったのを見た気がした。





「…………っは!?」


唐突に、瞼の向こう側を焼いていた白い光は消え去り。

再びに暗闇が周囲を支配し、蝋燭の灯りだけを頼りとする世界に引き戻される。


(今のは……幻覚? にしては、妙に現実感しか……)


ゆっくりと瞼を持ち上げ、瞳を開く。

つい先程まで目の前で蠢いていた肉塊の姿は何処にもなく。

片手に握った短刀も、薄く光を反射したままで……けれど刃には何も残っていない。


但し、その代わりに。

つい先程までには存在しなかった、人影が一つ。


『ほう……こうなるか』


鈍色にも似た、くすんだ銀に近い髪の毛を乱雑に散らし。

左側、腰の辺りに巨大な辞書にも似た革製の本を握る女。

その瞳は、鼻先近くまで垂れ落ちた髪に隠れ……奥までを明かすことはなく。

けれど、確かに光り輝いているのを理解できる姿。


「な」


つい、口からそんな言葉が漏れ落ちた。


『どうした、宿主……いや、契約者とでも呼んだほうが良いか?』


確かに、頬に笑みを浮かべ。

但しそれは笑みというよりは引き攣りにも近い、一見すれば嘲りにも見える表情。

髪色と同じらしい、その瞳と。

そして何よりその全身。


(――――『調しらべ』?)


画面越しに、その姿を見知っている動揺。

以前に、白を召喚したときにも感じたのと同じ違和感。


俺は、その姿を持つ人物を知っていて。

そしてだからこそ今、奇妙な程に冷えた背筋と。

確信した何かを感じ取っている。


「朔様? 一体、何を……?」


動きが止まった俺の事を心配し。

そして周囲に警戒心を向けたまま問い掛ける、背後の伽月。


何度も何度も室内に向けられる目線からして。

目の前にいる明らかな異物の存在は……認知も理解も、目視さえもしてはいない。


(その、姿は?)


ただ、そちらに対して強い意識を向けることは出来なかった。

確認して、知っておかなければ成らないことがあったから。


それは、目の前の誰かが『誰』なのかであり。

それは、目の前の姿が『何故』なのかであり。

それは、感じている感覚が『正しいのか』であり。


言葉にせずとも先程までは理解していたことだから。

心の中で――――呟いて。


『ワタシはワタシよ、宿主。

 そしてこの姿は……恐らく、お主自身が理解しておると思うがな』


確かに。

人ではない笑みを浮かべながらも。

何処か悲しむ、悼むような感情が混じっていたのは気の所為か。


『先程の肉塊、そうなる前の姿。

 ――――宿の姿を借り受けた、分け御霊と言ったところよな』


守護神の設定、加護を与える神に関しての言葉。

半ば強制的に、そして同意を経て契約を行った末の相手の言動。

ただ、それが右から左に流れて消える。



その言葉一つ一つが大事なのは、確かに内心で感じていて。

灯花に対しても実行する上で参考になる、そんな手助けのような意味合いを秘めているのに。

けれど、それよりも尚。



心の内側、更に奥。

霊力を汲み出す魂に刻まれている筈の、見知らぬ/見知った相手。



『……宿主?』


俺の変化を見咎めて。

目の前の少女かみが、画面越しに主人公の様子を窺っていたような表情をし。

けれど、決定的に違うそれを以て……終わりを見届けたことで、身体に刻まれた■■が起動する。


(調……主人公からすれば同い年の、同じ里に生まれ落ちる幼馴染の一人)


出会えなかったこと。

何故こんな場所で、あんな結果に至っているのか。

その断片的な理由は……既に、上に残されていた書物から理解している。


ヒロインの、仲間の末路を見届けることで起こり得る変化。

救済措置として、けれど必須要素として仕掛けられたそれが起動する条件は。

正確に言えば『遺品/遺骸に触れ』『どういう状態だったかを知る』ことで発現する。


名前ことだまを知り』『残されたものから継承し』『その苦痛と末路を引き受ける』。


そんな伝達経路を以て、残された物品に刻まれた霊力を汲み出し、自身の魂に刻み込まれる。

本来は起こり得るはずもない、他の誰もが持たない……主人公のみが所持しているそんな能力。

それを持つ理由に関してまでは、ゲームの中で深く語られることはなかったけれど。

それが起こった後にどういう状況になるのかは、嫌という程に理解している。


力を受け継ぐ。

各キャラクターに固有として設定された能力スキルの劣化したものとして、所持能力スキルリストに刻み込まれる。


私の分まで。

俺の分まで。


一方的に背負わされる、そんな想いを黙って継いで。

それを――――分不相応な頃に行使することで、前提条件が狂った幾つもの壁を超えていく。

そうして設定されている、世界の理の断片を。

心の……魂の何処かに刻み込まれたような熱を以て理解する。


(…………不幸な末路のその先が、此処だった……ってことかね)


確か彼女の固有能力、そして在り方は。

脳裏に浮かべ、決して忘れないように改めて刻み込む。


『おい宿主、何を言っている?』


(お前には分からんよ、思兼)


多分、この感情と現象の一片でも理解できるのは。

俺自身の魂と繋がった白と、何処か別の繋がりを持つリーフと灯花くらいなものだろうから。


少なくとも。

今契約を果たした知恵者には分からない。

不思議と、そんな事が確信できた。


「……行くぞ」


そう、正しく口にする。

もう、此処には何も残っていないから。


「朔様、一体何を?」


「……そうだな、伽月にも分かるように言うなら」


一拍。


「多分、此処に来るのはある意味必然だった」


――――招かれていたのかもしれない。


俺のこの肉体の持ち主と。

先程慈悲の一撃を与えた、少女に。


託されなければならないモノがあった。

多分、そういうことだと理解していた。

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