068/地上
降りてきた時に対し、もう一人……もう一柱を加えて来た道を戻る。
不思議と慣れたのか、或いは実際に薄れたのか。
鼻を刺すような悪臭、腐臭は何処かに少しずつ薄れていった気がし。
そして何より、地上との接続部を覆っていた奇妙な重圧は少しずつ周囲へと散っている。
(…………これは)
『ワタシが縛られていたことで、地上でも縛られていたのだろうな。
悪いことをした』
思わず脳裏で考えてしまった違和感。
それに対し、即座に反応を示した思兼。
知恵者、という古来より伝わる呼ばれ方に差異はなく。
純粋な疑問を問い掛けるくらいには役に立ちそうか、と新たに得てしまったものを刻み込む。
入ってきた時に感じていた負の想念の吹き溜まり。
その片隅に目を向けること無く、消臭剤の置かれた側……受付側への扉を開け。
外の光と、空気に当たるのを感じて被り物を外せば――――服に染み付いた匂いに顔を顰める。
ただ、それこそ不思議なことに。
前回、つい先日。 と言うより昨日。
潜った後に感じていたものよりも明らかに匂いが薄れている、と強く感じ取りもした。
「伽月」
「はい、昨日と同じように……ですね」
未だに成人を迎えていないからか。
それともそういう目で見る条件が満たされていないからか。
同じようなことだが絶対的な基準が違う……まあ、今の俺達の部隊にはまだ早い警戒を他所に。
けれど、羞恥心という感情は残っているから互いに見ないように気をつけながらに。
背を向け、けれど意識だけは互いに向き合いつつに。
手早く襤褸切れを脱ぎ捨て、消臭剤を頭から浴びる。
使い捨ての、何方かと言えば煙幕球に似たモノとして。
主に獣型の妖との接敵前に使用することで優位に立ちやすくなる消耗品。
これで紫雨への貸しは何個になったのか、それを考えると少しばかり気が重い。
「……死ぬよりはマシか」
ただ、そんなどうでもいいことを考えられるのも今生きているから。
何にしろ、飢えて死ぬよりは前倒れに突撃した方が幾分かはマシ。
二度ほど見てしまった……死さえも奪われる光景よりは絶対にマシ。
『気付いているのかは知らぬが、下手をすれば宿主も同じ末路を迎えるがの』
うるさい、と言いながら近くの小石を代わりに蹴飛ばし。
けらけらと笑う『カミ』へと睨みを効かせながら、元の戦闘衣装へと手早く着替えていく。
「え?」
「何でも無い。 着替え終わった?」
「あ、はい」
そんな言葉に反応し、手を止める少女の動きを止める。
時間を無駄にしている俺が言うのも何だが、一分一秒が惜しいのもまた確か。
特に、地下の報告――――そして灯花への守護神の移し替え。
その対象が無限にあるとするのなら、絞り込むだけで相応に時間が掛かるだろうし。
(……とは言っても、相手と部隊の切り札のことを考えると。
二柱宿せるとは言っても、片方はほぼ固定みたいなもんなんだよなぁ)
問題は直接的な繋がりは欠片も無さそう、というところか。
器としての才能は最高級、最大級。
故に後は呼べるか否かに掛かっているからこそ。
それが出来ないなら、即座に加護を打ち切って欲しい。
『嫌だが?』
……まぁ、コレがそんな簡単に頷くはずもなく。
溜息を交えながらに掘ってあった穴へと襤褸切れを投下。
上から土を被せて抹消処分する。
本来だったら燃やすなり何なりして清めるべきではあるのだろうが。
この場所は龍脈で、自然と在るだけで周囲は清められていく。
故に、その内風化し消え去るまでの間には浄化も完了しているはずだ。
……迂闊に外で火を使えない、という理由が無いわけでもないのだが。
腰回り、腕周り。
特に運動する際に起点となる部分の締めなどの漏れがないかを確認し。
二人で一度見合い、頷き合って。
現在は荷物整理か、或いは何かの打ち合わせでもしているはずの仲間の所へ向かう。
「……しなけりゃいけない前提の何割かは終わったな」
「全部終えられますか?」
「終わらせなきゃ戦いの前提条件も成り立たねーよ」
ぼそり、と言葉を漏らしたのは。
多分だが、俺自身も胸の内側に納めて置ける感情が一杯一杯になりつつあったから。
ぐちゃぐちゃになりつつある思考、感情、理解できない思念。
本来だったら一日二日程部屋にでも籠もっていたい。
今までに得てしまった情報と、最初から持っていた幾つかのそれと食い違う部分。
きっとそれは、いつか俺自身の生命に関わる致命的な罠が潜んでいるのだろう。
そんな恐れを抑えるために、少しでも自分なりの『納得』を見つけたい。
けれど、そんな余裕は今欠片もない。
『迷う姿を見せることは許されない。
指示をするもの、知識を与えるもの。
内心ではどう思っていようと、表面上だけは常に全てへと目を向けていなければならない』
基本中の基本だもんな、と。
飽く迄気安く、奇妙な程に近い距離感を保つ思兼。
……そして、この飄々としたような。
けれど、その内心は非常に粘着質な部分を秘めたような口調は。
俺の知る『調』が持つものと瓜二つだ、というのも問題の一つ。
白、思兼。
たった二つの例ではあるが、ゲーム上に登場するヒロインの格好を象った人物が二人。
そして、その何方も本質はヒトではない。
(――――まだ、他にもいるんじゃないのか?)
人ではない、霊能力者ではない。
姿のみを保った、仲間としての末路を如実に示してくる何らかの化身。
そんな思考を取り払うことは結局出来ず。
穴の空いた障子越しに、複数人で話し合う声が聞こえる……穴を越えた更に奥の一室。
その入口に手を掛けるまで、俺の精神は安定することは決して無かった。
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