066/守護神


そうしてやってきました地下研究所。


何度見てもやばそうな気配漂ってるし。

多分冥府との繋がり……要するに下賜されてしまった短刀の影響だろう。

焼き付いたような怨嗟と恨みの声が聞こえてくる。


(…………聴覚関係の禁忌能力じゃなくて良かった!)


見てしまえば、見られている……気付かれている、と知られてしまえば憑いてくる。

前世で怪談を語る際に付け加えられた言葉だが、このゲームでもある意味同じことが言える。


本来、霊体を目視する……『霊視』に類する能力は父上の持つ『魔眼』系列の下位に近い。

仏教に於ける『淨眼』、或いは『見鬼』や『心眼』、オカルト作品に於ける『特異な目』。


其れ等の流れを汲む『かくゆめ』の場合。

一部の敵は、そもそも属性が付与される。


今隣を歩く伽月がサブの武器として持つ、霊刀などに付与される『非物質の敵への特攻』。

これは、正しくゲーム的な処理……システム的な処理的な観点から見た場合。

「霊体属性を持つ相手は物質攻撃で受ける生命力減少を最低値に固定する」効果を無視する。

こんな形で迂遠にタグ付けされて処理されているらしい。


それと同様、普通であれば触れられない、見えない存在を見ることが出来る目。

透明状態の相手を見る能力と合わせ、特定のクエストを達成する条件として指定される反面。

見られた相手に気付かれれば付き纏われるデメリットを同時に背負う、という裏設定がある。


俺の目は――――正確にはその空間の残滓を見ている(と思ってる)ので問題はないだろうが。

声が聞こえている、と気付かれると不味いので……可能な限り無視をしている状態を保っている。

実際、隣で少しばかり震えている少女がいるのなら余り関係なかった気がしないでもない。


「大丈夫か……?」


「いえ……あの……この間より、何だか冷えませんか?」


武器から手を離すこともなく。

二度目だからか、ちょっとだけ話す事もできるようになってしまった被り物越しに。

様子を窺う言葉を投げれば、無意識に肌を擦る彼女の姿がある。


臭いが染み付きそう、という感想は置いといて。

多分――――怨嗟の声を肌感覚で聞いているからなのだろう。

そういった霊的な感覚には優れているんだな、とまた一つ知識を修めながら。

かもな、とだけ告げて意図して声から目を背ける。


一歩、二歩。

近付く度に感じる、何処か地の深くに繋がるような感覚。

幽世のような別空間ではなく、地続きの何処か……そう思った時。

日本神話上の冥府……を思い出した。


(黄泉平坂……裏ダンジョン、幽世か)


実際に冥府に通じているかは不明だが、それ程に人を飲み込んだ記録を持つ幽世。

とある連続任意目標クエストを達成することで位置を知ることが出来る場所。

天之尾羽張とか名付けられた武具を最も入手しやすい場所……気付けばずっと潜る場所。


そんな名付けをされた場所があるのだから。

実際に冥府へと地続きで、だからこそ呼ばれた可能性を思って深い溜息を零しながら。

再びに、内心にも似た重さを誇る扉を開き……内側へと滑り込むように侵入する。


其処に見えるのは、以前と何ら変わらない肉塊。

びくんびくんと奇妙に動き。

見続けているだけで吐き気と頭痛、そして何より憐憫を感じさせる素体。

永遠に死ぬことを拒絶されたに近しい、実験台の末路としての一つ。


『――――来たか』


扉の前で足を止めた伽月より更に一歩、足を進め。

俺が最も前に出る形になったところで、以前と同じく声が響く。


待ち望んでいたものが漸く。

そんな心中が溢れるように、僅かに喜びの感情を見せた声色で。


(来たぞ……お前、妙な思念とか短刀に込めてないよな?)


『妙な、と言うな。 ワタシを知らしめる為の幾分かは混ぜたが』


(十分妙な思念なんだが、こちとら唯の一般人間だぞ)


念の為に問えば、極自然にそれを認める発言が届く。


……神の思念、って聞くといい感じもあるけれど。

明らかに引き摺られている、と感じてしまう部分もある。


今回の場合は他に選択肢自体がないし、互いに利を提示してのやり取りの後。

どうしても警戒する部分は残るが……まあ、細かい所は後の俺に投げる。

要するにリーフと同じ、これからどうしていくかを考えれば良いと言うだけ。


『唯の人、ね』


(どういう意味だお前)


微かに笑う声。

少しずつ近寄る度に腐臭は増し、肉塊に浮かぶ泡が弾けて周囲に撒き散らされる。


生きながらに死に、死にながらに生きる。

不死者にも近い存在として在り続けてしまうその宿主には憐憫にも似た感情を抱く。


そしてそれは、今も尚目の前の『神』が抱く感情に近いのも間違いない。


そんな、僅かな繋がり。

そんな、幾らかの接点。


其れ等を以て、俺は目の前の神の加護を受けようとしている。


『ワタシの在り方に引き摺られないヒトが、唯の人とは』


苦笑、嘲笑、笑み。

どれが正しいのかは分からない。


(禅問答してる場合じゃねえんだよ。

 まだまだやらなきゃいけないことは山程あるんだ)


ただ、抱く一つの感情が同じならば。


左手越しに、短刀を引き抜く。

緑色の刃筋が、蝋燭に照らされた室内に反射する。


光を纏う、或いは引き摺る。

慈悲であり、同時に殺意の固まりとしての存在を否定しない刃。


それを掲げ、心の内で一つ問う。


(お前を開放したら、それが契約……加護の結びの切っ掛けとする。

 それで良いんだな?)


『そうだな――――葦原中国の荒れ模様も気になっているところだ』


宿


そんな、奇妙なやり取りは実時間にして一瞬を更に割る時間。

振り下ろし、呪符を貫き。

一瞬だけの抵抗の果てに……。


薄暗闇を裂く光が、目の前で爆発した。

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