065/解放
「…………うん」
リーフから満足げな声が漏れたのは、結局それから約半刻後。
ああでもないこうでもない、と微調整を繰り返した後で。
作業担当だった俺と灯花は疲弊に肩で息を繰り返してしまう程だった。
「これで、良いのか……?」
「…………あの、おねえ、さま?」
「…………引っ張ら、れる……感じ、だけど。
私は……途中で、止まる……うん」
大丈夫、というだけで途中途中を区切るようにしながら。
ぐるぐるとその周りを回って確認しながら、幾度か頷いているのは確か。
今回の『陣』の特徴は、灯花の内側の神……要するに俺達の敵を閉じ込めるためのモノ。
つまりは対象が固定化されているから、その分強度を上げる調整を施せる。
代わりに、内側に対して徹底的な補強や検査を行いつつ基礎を崩してはいけない。
要するに、通常に行う儀式の発展版に当たる以上。
本来の――――と言うよりは。
普通の霊能力者では完成させることも難しい物品であったのは間違いない。
その前提を踏み越えたのは目の前の二人の手腕。
神に近い何かを宿すことで、肌感覚として成立しているか否かを判別できるリーフ。
神を複数宿す器としての才覚を用い、『なんとなく』喜ぶ/封じる方向を感じる灯花。
それに比べれば俺は唯の一般霊能力者に過ぎず。
才能の差って残酷だよなー、と変な笑いが浮かび上がってくる始末ではある。
多分疲れているから余計に変な方向に思考が巡ってると思われる。
「ぁー、なら取り敢えずは大丈夫か……また襤褸切れと消臭剤用意して貰わないと」
湯屋でも行って風呂入りたいなぁ、と叶うはずもない願いを想像し。
身を清めなくても大丈夫だろうか、と一周回って思い直り。
まぁ思兼ならいいか、くらいの雑な感想に落ち着く。
なんとなく、そう本当になんとなくなのだが。
腰裏に構えた短刀を身に着けてから、彼奴についての理解が深まっている気がする。
引っ張られている、と断じるべきか。
或いはこれを神の授けた神具、と取るべきか。
絶対後者としては受け取りたくないので、多分面白半分で前者だろうなぁ、と感じる。
……何というか。
真面目な神、と言うよりは人間臭い相手。
元々(嘗ての世界での)古事記やら日本書紀にも記載されている内容を紐解けば。
引き籠もった神を外に引っ張り出す為に色々と策を練り。
そして天孫降臨に付き合うなどの描写が多々見られる存在。
その役割は軍師や神官と言った、誰かを支えるものとしての印象が強いからなのか。
初対面の時に比べ、夢を経て。
幾らか考えを深め、なんとなく存在を慣らした結果。
今はこうして『へんなやつ』くらいの印象でいいんじゃねーかなーと思う次第。
(真面目に信仰してる相手にでも言ったら……殺されそうだけどな)
この世界で、明確に信仰してるのがどれだけいるのかは疑問が湧くところ。
世界観設定上、正しい意味での『神社』は常に龍脈の上に存在する。
但し分社と呼ばれる小さい存在は大きな街であれば設けられているし。
灯花・怜花さんから聞いた派閥の存在も、一般人が関わる事を暗に示していた。
但し――――この世界に於いての『古事記』や『日本書紀』のような文献資料。
其れ等は基本的に秘匿されている、という大前提を抜きにすればの話。
少なくとも俺は一般側に属さない以上、誰かに確認しておいたほうが良いかもしれない。
……ただ。
オモイカネは、少なからず俺の知識を面白がっていた反応があった。
神側からの視点もその内聞こう、と思うくらいに。
既に受け入れることを確実視している俺が此処にいるのは確か。
「…………朔くん?」
「おおっと悪い。 どうした?」
「……また、何か……気付いた、気が、して」
何に、の部分に少しだけ重みがあった気がする。
彼女の言葉だけでなく、内側から滲み出るような気配と共に。
「気付きはしてない……とは思う、うん」
それを聞いて。
内側のが反応しているのか、と考察材料に含めてしまう以上。
俺は根っからそういうことを考えるのが好きらしい、と自分で自分に呆れてしまう。
「…………怪しい」
じーっと見られても咳くらいしか返さないぞ。
灯花はそんな俺達を往復するように見てるし。
……ああ、そういやそうだ。
リーフが近くにいるなら聞いとかないといけないこともある。
「そういやリーフ、最大詠唱時間どれくらい掛かりそうだ?」
「…………多分、今までの……に、二倍、かな?」
「それくらいが今の限界、って考えて良いのか?」
こくり、と頷かれたのを含めて思考材料に回す。
『追加詠唱』を含めた上での『詠唱操作』。
単純に文字数を増やせばそれだけで火力が増すが、その分行動出来ないのは当人が良く知る所。
故に、威力を増す文面を練り込みつつ、噛まないような文面で調整して今までの二倍。
純粋に効果範囲が最大である以上、それを狭めでもするのだろうか。
一度本来なら確認したいが……そうすれば見られてしまう、という不都合も起こってしまう。
此処は強気に我慢するしか無い、と。
「……んー、よし」
最悪でも……まあ、俺が死ぬくらいか。
其処は織り込み済みだし、決して口に出すつもりはないが覚悟だけはしておこう。
「伽月捕まえて地下行ってくる。
戻ったら多分悪臭塗れだから気をつけてくれ」
出来れば行きたくないんだけどなー、あの悪臭。
神にも付与されるのかなー、あの汚臭。
そんなことでも考えないとやってられずに。
若干誤魔化したところがある会話の内容に、今更に気付き。
頬を膨らませて、此方を見ているリーフの姿が横目に入る中。
少しだけ足早に、逃げるようにしてその場を去ることにした。
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