064/静謐


「……うし、っと」


清められた短刀。

腰の背側、普段扱う側とは逆……左側へと取り付ける。

理由は単純、咄嗟の時に取り違えない為。


「にほん、ですか?」


「白のやつの物真似みたいになってるけどな、一応理由はあるんだよ」


一度向かった場所で、そして対応する相手がいないというのは理解してる。

それはそれとしても、何かあった時に対応するように長年掛けて習慣付けた。


これが対人なんかだったら、ある意味弱点にもなるような行為ではあるのだが……。


(長柄とか弓だと、咄嗟の小回りも大事になるからなぁ)


柄で殴り飛ばせば良い、と考えるタイプの……【力】重視型ならばそれでも良い。

実際、中衛という立ち位置ながらに武器専門の型を作る仲間も幾人か思い出せる。


ただ、俺はそうではなく……どちらかと言えば相手に干渉しながらに立ち回る型。

故に、一番面倒な相手は突撃一本の脳筋型が真っ直ぐに狙ってくる場合で。

そうされた場合の時間稼ぎと、妖としての手足や弱点を抉る為に保持している武具。


(……あー、嫌なこと思い出した。 そういやそんなイベントもあったわ)


幾らかの説明を挟む中で、脳裏に浮かんだ末路の一つ。


確か……あれは【武士】系の仲間だっただろうか。

男女それぞれの双子で、どちらを仲間として引き込むかは主人公の選択に応じて変化。

旅する理由は家の復興……家の家業として伝えられる【居合】系の道場の再興。

仲良くなれば話してくれることではあるのだが……商売敵の流言か何かで潰されたのだったか。


そして、その末路はまぁ想像できる通り。

ある種紫雨とも被る部分があるが、商売敵の雇った傭兵に囚われての闇へと消えるオチ。


……ただ。

其処から助け上げる為のフラグ自体は単純で、そして時間が掛かるという両面があるので。

最終的には好みで助けるかどうか、程度に落ち着いてしまうキャラに落ち着いてもいたのだが。


(純粋に戦闘に同行させ続ける事でしか上がらない好感度を上げ。

 その上で発生する会話を経て、副武器たんとうを装備させる

 それすら拒絶するってどれだけ潔癖だったんだろうなぁ……今から考えると)


まあ、今手元にも――――そして近くにもいない相手。

考えるだけどうでも良く、覚えているだけ覚えておくのは変わらないけれど。

万が一の時を警戒し続ける……という反面教師としては丁度良い存在とも言えた。


「警戒に警戒は重ねて損はしないから。

 特に俺達みたいな霊能力者は消えても同業くらいしかまともに探そうとしないし」


「……は、はぁ」


「だからこそ、仲間とか交友関係は大事なんだ。

 何か不味い事態に陥る前に、その前触れを掴んで対応も出来るわけで」


「おにいさま、意外と顔が広かったり……?」


「拠点の街だけ、に限れば……権力者の幾人かには、かな」


無論、その切っ掛けは父上であり紫雨の父親様の援護ありき。

身分としては未だに霊能力者見習い、或いは未満に過ぎず。

それを証明する資格も持たない以上、最初に接するコネとしての紹介状を介するのみ。


それでも……三年間を経て。

有望な三人組であり、求める物品を集めてこれるだけの才があることは認めて貰えている。


そもそも、その切っ掛けを作ることが難しいという大前提がある以上。

最初で下駄を履かせて貰えただけ大感謝だし、一生頭が上がらないのも間違いなかったり。


(だから、持ちつ持たれつに過ぎないんだよなぁ……本来だったら)


少し前に会った筈なのに、かなり遠い場所にいる気がする相手を考え。

恩を返さないとなぁ、と新たに心を入れ替えながら……筆を握る。


「で、此処には何を書けば?」


「あ、えっと…………こんな感じ、の」


「ああ、梵字っぽいアレか。 了解了解」


本来なら俺ではなく、呪法担当が行う作業。

それを手伝っている理由もまた別個に在る。


(俺が出来るなら手伝ったけど……こればっかりは己の調整だからなぁ)


つまりは、調


実際、今まで……或いはとしての『太陽神の裁き』は使用経験がある。


使用感覚を掴み、効果範囲を把握し。

敵を撃滅する必殺技としての側面を多く秘めた俺達にとっての切り札故に、多数の敵を屠ってきた。


ただ、最長詠唱を経てのそれは明らかに無駄な部分が多く。

また、彼女自身がどの程度ならば対応できるか掴めていない部分も有り。

実戦において一度たりとも使用出来たことがない、という問題点が存在していた。


嘗てのデータ上だけで言うなら。

例えば、「詠唱開始→詠唱完了を二行動を経て行う」、などの調整は出来たとしても。

それを今行うのは生きた人。


大雑把な感覚は掴めているから、然程時間は掛からないとしても。

相対する上でほぼ必須になるだろうそれに取り掛かって貰う必然性は最も高かった。


(――――まだ誰にも言ってないが。

 が有効に働けば良いんだが、どうだろうね)


いつかは取得するつもりで、そして大分前倒しにして取得した新たな能力。

使える機会が今回あるかは分からないにしろ……役立てたいと思うのは誰もが同じ。

だからこそ、全員が己の出来る形で戦闘準備に取り掛かっているのだから。


「……こんなところ、でしょうか」


「分かった、リーフも呼んでくる」


疲弊してか、或いは握力が抜け落ちたのか。

深い溜め息と、荒い呼吸を行いながら霊力を周囲から補給しつつ。

終わりを告げて、手元に握っていた筆を板張りの上へと転がしたのを目視した。


それだけ本腰入れていた……と捉えるべきか。

或いは俺が脅しすぎた、と反省するべきかちょっと悩む。


ただ、何方にしろ。

完成しているのならば……休んで貰っている間に。

あの地下から、解放しに行く時が訪れた――――そういうことだ。

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