005/『式』
周囲に漂ったのは白い煙。
一瞬だけ周囲が塞がり、視界が消える――――【盲目】*1状態に陥る。
(……さて。)
出てくるのは何だ。
山犬か、大蜘蛛か。
(正直物理手段しか手立てがないから、
煙々羅や影女*2みたいなのが出たらどうしようもないんだが……。)
右手に石を持ち、周囲の煙が晴れるのを刻一刻と待つ。
左手で剣指を保ったまま、体内の霊力に身を任せ印を刻む。
(直ぐに飛び出してこない……つまりは知能持ちタイプで確定。)
この開幕の【月】を選んだ際の開幕戦闘での不利であり、有利な条件。
それは此処で現れる妖……式に出来る特殊個体の中において。
このゲーム唯一何が出るか分からないということに尽きる。
但しそこで呼ばれる個体には妖の知名度による基礎のステータス差がある。
それに加え、妖の性別・性格・特徴と言った部分に至るまで完全にランダム。
故に楽をするのなら、此処で強い相手に
そんな選択肢が今の俺に許されるわけもない。
(出来れば前衛で戦えるタイプ……!)
前衛タイプでも後衛タイプでも何方でも経験はある。
ただ、やり直しが効かない以上は可能ならば前衛を張れる式であって欲しい。
人である俺達はその場で蘇る事は難しくても。
式である妖は、特定の呪法を用いることでその場での蘇生も叶うから。
――――ひゅん。
そんな折だった。
煙の中を切り裂くような、鋭い羽根の音。
咄嗟に指をそちらに向けられたのは、恐らく身体が優れていたからだと思う。
相手が飛翔系だと、その音で判断し。
同時に、にやりと口元を歪めた。
『吾の名に於いて命ず――――外皮は崩れ去る!』
そして、体内から霊力を込めて言霊と為す。
分類:【月】。
呪法名:『削減の法』。
効果、対象の防御値の割合減少。
そしてもう一つの、裏効果。
確実に時間を必要とするし、それ程長持ちするようなものではない。
本来なら呪符を併用し、
それが今回、相手が煙の中で待っていたことで詠唱時間の完了に間に合ってくれた。
そして【月】の分類の呪法は『言霊』を主にする――――つまり、《u》聞こえる範囲であれば対象を此方で選ぶ必要は薄い《/u》。
普段であればコマンド選択のように流されている場面。
それが自分の身体で実行されていることにほんの少しの感動。
(……ただ、効果文の通りそれだけじゃない。)
最初から説明書を見ているか確認してきたり。
クソみたいな分岐を仕込んだりとプレイヤーを試す仕掛けだらけの「かくゆめ」。
それは当然、スキルにも仕込みが存在している。
今回の『削減の法』の説明文で示すなら『肉体を脆弱化させる』と、書かれているのはこれだけ。
ただ、この
前者であれば文字通りに自重で潰れて即死する。
後者であれば――――。
――――キィッ!?
叫び声と同時にずしゃり、と地面を滑る音が聞こえた。
翔ぶ為に【瘴気】で形作られた身体が崩れ、バランスを崩したと判断。
同時に
倒れるか、倒れないかは後回しだ。
此方が上だと奴に思わせる必要がある。
(ラッキー……!)
これがもし、牛鬼のような肉体派の妖であったら不味かった。
これがもし、磯女のような幻惑系の妖であったら不味かった。
煙が出なければ。 相手が飛翔していなければ。 相手が遠距離から攻撃出来ていれば。
そんな幾つかの幸運を乗り越え……こうして優位を取ったからこそ叩き続ける。
【盲目】状態は続いている。
だから数を持って当たる。
石がなくなれば即座に周囲から拾い、投げる。
少しずつ、少しずつ。
煙の中のそれへと近付いて。
悲鳴が薄れ始めた頃。
同時に、煙も薄れ始め。
式と為す呪法を唱えるために剣指を向けた、その先。
『…………ピ、ギィ……。』
言葉として聞こえない声を上げる、蝙蝠羽根を生やした幼い少女が。
それ以外に何も身に着けず、地面に転がるその妖が。
薄い目で、此方を見上げているのが分かった。
――――分かってしまった。
*1:物理分類の命中が半減する。
*2:何方も通常物理無効の妖。
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