Chapter3/因果は巡る、幻夢と巫女と
とある世界の片隅/たった二人
はぁ、と吐く息を手に当てて熱を取っている。
寒くなる季節。
例年よりも更に酷い冷え込み模様。
隙間風が入り込み、身体を震わせて寒さを紛らわせている。
ぎしりと音を立てながら、その部屋から一つの影が起き上がる。
壁は穴だらけ、床にさえも穴……どころか侵入さえ容易な大きな穴。
その中へと影は身を投じ、光の差す方ではなく暗闇へと身を進めた。
こほんこほんと咳が聞こえ始める。
目を伏せつつも……更に足を早め始めた。
暗闇を進んで少し。
同じ様に空いた穴から顔を覗かせ。
その先に、寝所に身を伏せたままの影がもう一つ転がっている。
少しだけ様子を見るように動かずに。
咳をし続けているだけの背中を見詰めた後で、持ち出していたモノをその場に置いた。
半分に割られた、萎びた果実。
幾日か経ったと思われる干飯。
使い古された皮の水筒。
それらをじっと眺めた上で、半ば無理矢理視界を外した。
浅ましいと思ったのか。
目を惹かれる自分を恥じたのか。
その理由までは分からずに、再び闇の中に身を投じる。
一言だけ、その背中に投げかけて。
けれど、その声が届いたのかどうかまでは分からず。
やや急いでいるように思えるのは、影の動きが少しだけ忙しなくなったからだろう。
起きた部屋に戻り、真っ先に行ったのは服の脱着。
着ている服――擦り切れ、破れている部分が目立つが元は高級品に見えるもの――を脱ぎ折り畳む。
代わりに手に取ったのは、下人でも着るのを躊躇うような雑な衣装。
肌を傷付けるような作り、最低限を隠すのが精一杯な。
子供の駄賃で買えるような程度のそれを、辛そうな表情で着込み。
何かを感じたかのように。
三度、穴の中へと身を投じれば。
部屋の中を覗き込むような、濃密な瘴気が部屋の中を冒し込んだ。
――――これよりは死地。
既に終わってしまった場所。
微かに残る祝福を頼りに生きる場所。
そんな場所に住まう、誰かと誰か。
何を命じられたのか。
誰に命じられたのか。
――――これよりは厭離穢土。
人の住まう地ではない。
妖が支配し続ける、終わってしまった土地。
全てが瘴気の中に呑まれる中。
手を伸ばす先も、伸ばす相手もいないまま。
今日もまた、■■される日々を過ごすだけ。
――――それこそが貴様等に相応しい。
聞こえない、誰かの声が宙に四散する。
――――禁忌を犯せし罰に相応しい。
聞こえない、何かの声が空に舞う。
――――末裔如きが、我の示した規範を崩すなど。
傲慢な、何かの声が全てを嘲笑う。
我の定めた通りでこそ。
我の軛より出し者へは誅罰を。
貴様等にはそれこそが相応しい、と嘲笑い続ける。
浅ましい、影が一つ。
なぁ、そうだろう?
そんな言葉を発しながら。
ぐりん、と影の顔が此方に向いた。
恐らくは。
その見えないはずの表情に映し出されていたのは。
紛れもない、悪意。
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