『白』/主を見て


うつらうつらとする主の姿を横目に。

少しばかりの欠伸を友に。

同じ布団の中で、種族故に余り眠れない夜を過ごす。


(主は……恐らく気付いておらんのじゃろうなぁ。)


飛縁魔は血を吸う妖だ。

正確に言えば血を経由した霊力であったり、そういった物を取り込む存在。

だからこそ常は主から供給される霊力を芯に据えているが。

月が一度満ち欠けする位には、血を吸わねば存在の根幹がブレてしまう。

眠り続ける主の首筋を眺め、眠る体勢を一度見て。

もう少し寝静まるまで待とう、と寝顔を見続ける。


(口で言わずとも、分かっているとは思うんじゃがなぁ。)


式となってからの習慣。

にも関わらず、主は一度もそれに対して言及したことがない。


見ているようで抜けている。

抜けているようで見ている。

吾からすれば主はそんな矛盾を体現したような存在だ。


リーフの時だってそうだったし。

雌猫の時だってそうだった。

伽月を拾った時といい、決定的な時を見逃さない。

普通であれば恐れ、近寄らない場合であっても。

当然の如くその基準を踏み越えていく。


(だからこそ心配じゃし、身を大事にして欲しいのだが。)


直接言ったところで流されるのがのぉ。

若干強引に眠らせたりするようにはしておるが。


恐らく隠し切れているのだと思っておるのじゃろうが。

時折、奇妙なものを見ているようだし。


(式と主の繋がりを最も甘く見ておるのがご主人。

 ほんに何の冗談じゃ。)


――――もしかすれば。

吾の考えの一部も流れているのやも知れぬが。

、と言い返せてしまうから吾へは影響もない。


幼子の頃からずっと共におったのがこの吾。


当初は唯の小僧かと思えば、何もさせずに調伏し。

擦り切れるまで使われるのかと思えば、大事に大事に扱われる。

普通の超能力者……道士とも違うし、名も知らぬ戦士とも違う。

あれよあれよと流されて、気付けば本心から主へ仕えていた。

そして、それを嫌っていない自分がいる。


(永き生……とも言えぬか。 意識があった間を考えれば刹那よの。)


符に封じられた合間は何とも言えぬ。

こうして『白』と名付けられてからこそが、本当の生。

それまでは暴れ散らかすだけの瘴気の塊に過ぎなかった。

そうした意味もあり、主には感謝の意を示したいのだが。

眠りながらの男子の証を見、小さく息を吐く。


(まだまだ先は長い……とは言え、主と共に死せるかどうかも曖昧じゃからなぁ。)


妖の生は消滅するまで。

だが、式としての生は?

主に解除して貰うなり、手段は幾つかあるとは言え。

どうするか、どうなるかも曖昧なまま。


ただ、それでも。

共に逝ければ幸福だとは、思い続けているのは事実ではある。


「……そろそろ、かのぉ。」


ぼそりと、言葉にならない程度に言葉を漏らす。

空を見れば月は満ち。

中天に輝く明かりが窓を通して部屋に差し。

奥底の、本性が少しだけ目を覚ます。


ぺろりと唇を舐めながら。

首元の服をそっと捲り。

顔を、其処へと近付けて――――。


今宵もまた、白い呉服に朱が一輪。

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