052/再訪


がさりがさりと鳴る物音。

昨日よりも気配は薄く、けれど感情は色濃く漂う怨霊の住処。

昼間にも関わらず薄暗さを思わせる其処で、隣の少女の呼吸に合わせてまた一歩。


「朔様」

「分かってる、急ぐぞ」


耳元で囁かれ少しだけ身体が驚き、けれどそれを抑え込んでまた一歩。

部屋の片隅、葛籠のような形の箱が幾つも重ねられた場所の板を外した更に下。

昨日も潜った研究室のようなクソッタレは、そんな雑な隠し方で用意されており。

そして、怨霊は決してこの床上側には近寄ろうとしなかった。


(此方の依頼に応えてくれれば理想なんだが……。)


朝食後。

廃棄しても構わない、若干古い……というか穴が開いた服装を一着ずつ貰い。

地上で再度研究の続行と名称の特定を進めている間、俺と伽月は地下に潜ることを決めていた。


紫雨と白、という相性最悪の二人の手が空くのが少しだけ怖かったのだが。

其処はまあ、リーフが二人の手綱を握ってくれるということなので任せてしまう。

若干顔が引き攣っていた気はするので、後で機嫌を取るのは忘れないことにする。


(……ふぅ。)


そんな積み重ねがこの短期間で山積み。

まあ、俺の我儘が切っ掛けでこうなっている以上。

責任は取らなければいけないと分かっていても、気が重くなるのは止められない。


気持ちが足取りに影響し、そのまた逆も影響しながら。

心なしか警戒度合いが増している彼女と共に階段へと足を進め。

ふぅ、と吐く溜息は緊張と焦り……だけではなく。

多分に気を紛らわせるための意味を合わせるモノ。


「大丈夫ですか?」

「ああ、心配されるほどじゃない。 伽月は?」


ただ、そんな感情を傍から見て即座に認識できるかと言えば難しい。

元々が元々だけに、彼女は特に……そういった人の心の機微に対して細かく伺う癖がある。

心配させるのも悪いよな、と心で謝りつつも態度を元へと戻し。

能力を行使し続けていた彼女の方こそを心配する。


「気配に関しては戦闘でも多用していましたから……慣れてはいますね」

「慣れ……ああ、使い慣れてる?」

「です」


確かに普段から使い倒してる能力……ただ、何方かと言えば常に最大にする方法は例外。

小さくしたり大きくしたりでほんの少しの誤差を生み出し、其処を突くのが彼女流。

操作、という意味合いでは変わらないのだろうけれど……。


「それに、勘に過ぎないんですが……操作、という手札だけでは通用しない気もしていて」

「あー……予定してる相手にか?」

「はい。 寧ろ常に気勢を張り、相手に呑まれないようにするのが優先かと」


……それはまた別の能力でやれる行為のはずなんだが。

まあそれはゲームの頃だからで、今となっては可能ならば出来るんだろう。

もし能力としても取得すれば、その効果幅は大きく広がるのは間違いない。


「唯でさえ、私がいることで奇妙な状態になりますし」

「俺等からすれば結構利点なんだぞ、それ」


幽世の中の連続多発戦。

それが龍脈の中では発動しない……と判断するにはまだ早い。

現在のこの場所は龍脈の上とも、腹の中とも言えない混ざりあった場所故に。

伽月の特性が打ち消されているかも、というのはあながち間違っていない気もする。


「まあ、誰もが迷惑掛けてるし助け合ってるし……と思っておこうかね」


正直そう思わなければやってられない。

やっと階段を降り切って、先ずは例のマスクのようなアレを取りに行く。

あっても嫌だが、なければ踏み込むのは絶対御免だ。

多分それは、隣で真顔になりながら匂いのする扉を見ている彼女も同じこと。


「そうですね……」

「睨むな睨むな、気持ちは良く分かるが」


同じ気持ちを共有できるのは後白だけだろう。

正直着替えてきたとしても、そのままの格好で上に戻らなければいけないこと。

誰かしらがやらないといけないこと、と分かっているし覚悟は決めたけれど。

あの匂いを思い出すと一周回って怒りを覚えるのは俺も良く分かる。


「……むう」

「早く済ませようか、俺も思い出したくない」


そして出来れば内側も想像したくはない。

神を開放するために相手が何を求めてくるか、それ次第ではもう一度が必要になる。

本気も本気でそれは勘弁して欲しい。

ので、考えないようにしつつ壁の例の装備を取って即座に被る。


(……何製なのかは考えたくもないが、有用なのは間違いないんだよなぁ。)


上の惨劇を考えると嫌な予感がプンプンするが。

匂いとどっちを取るのか、と問われれば仕方ない。


若干曇っていながらも外の光景が見えるのを確認。

伽月もちゃんと被ったのを見、俺が先に動き出す。

本来ならば下策も下策だが、こういった……言ってしまえばギミックダンジョンの場合。

下手に警戒させてしまう、という可能性を考えると悪くもなかったりする。


(自衛が出来ないわけでもないしな。)


再度戻って扉前。

口を開こうとすれば引っ掛かり、会話するのは難しそう。

だから指で意思を表す。


開ける。

扉。

大丈夫か。


大丈夫。

後から付いていく。


散々行ってきた行動のまま。

口を開かずとも可能な意思疎通を行い、覚悟を決めて扉を開く。


途端に押し寄せてくる

空気の壁……悪臭が満ち満ちていた場所からこの場所全てを埋め尽くすように流れ出す匂い。

昨日よりも、明らかに力が増している。


(……一度開いて、それで俺達が閉めたからか?)


助けがやってきて、けれどすぐに去ってしまった。

その感情変動で変わってしまった可能性は無くもないが、下手に考えるより今は動く。

強風に向かうように一歩、もう一歩と進んで壁を背に一度落ち着く。

少しだけ目線を横に向け、彼女も内側に踏み込んだのを確認。


(しかし、悪趣味にも程があるな……。)


研究所、というよりは医療室と言った方が良いだろうか。

手術台のような寝転ぶ台の上は真っ赤に染まり。

恐らくは幾度の怨嗟を飲み込んだ、そんな部屋の奥。


――――吊り下げられたような、肉塊が一つ。

前に左右に、蠢いて。

未だに死ねないでいる、という意味を。

……否が応にも叩き込んでくる光景が、目の前にあった。

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