040/浄化
戦闘、休息、移動、戦闘、探索、戦闘、逃走。
そんな幾つかを経て、普段よりもボロボロの形で本殿へと帰還する。
当初の予定だった半日、なんて時間はとうに過ぎ。
昨晩と同じく、日が完全に沈み切る直前。
やや欠けた石造りの階段を昇りながら、各々が態度と言葉で今日の有様を示している。
「…………つかれました。」
霊力を使い過ぎ、若干言葉が棒読みに変化している灯花とかもいたりするが。
全員口に出すかどうか程度の違いしかなく、疲弊は目に見えて酷かった。
(……薬湯で治るのか? これ。)
ちらり、と手元の紙……書き記した地図やボロボロに風化した紙の断片を見つめる。
道中、妖を倒したり白骨死体の傍に落ちていたりした遺品。
予想よりもこの内側が広く感じるのは、迷わされたりしたせいなのだろうか。
(まあ、何も手に入らなかった訳じゃないだけマシなんだろうけど。)
普段と違い、
普段であれば階段や通路、その際の距離などを書き込めば良い幽世の中と違い。
ある種の基準になる壁や曲がり角が存在しないから、実際の徒歩距離数で書くしか無い。
それも中心点が神社で、その周囲を円状に埋めるような形。
慣れるまでに時間は掛かりそうだし、これも特殊技能だよなぁと思わざるを得ない。
「まあ……水が補給できたから良かったな……」
ちゃぷん、と揺れる皮袋。
北西から南西へ、俺達がやってきた方向から西に向かった場所。
灯花に確認しながら向かった先にあったのは、細い細い小川。
水虎がその辺りに存在したのは水辺があったからなのかも、と感じつつ。
かなり多めに水を汲んだのも、それなりの理由がある。
「身体くらい拭きたいからさぁ~……」
あはは、と口元は笑って見えていても。
紫雨のその目は全く以て笑っておらず。
何よりも大事だ、と強く強く訴えているからこそ俺も否定しなかった。
飲む用途以外にも、身体を拭くくらいは出来る分量の水。
普段は折り畳んでいるだけで余り使う機会もないが。
一人に付き二つ三つくらいは多めに用意していて正解だったんだろう。
何しろ、この世界に『水道』なんて便利なものはないし。
井戸はあっても、蛇口を捻れば飲める水が~なんて。
どんだけ楽だったのかを今更ながらに感じてしまう部分まであったりする。
「じゃあ、ボク等はお湯沸かして身体拭くから……」
「おう、お前等が終わった後で良いから灯花にも頼む」
そそくさと立ち去る四人を穴の中まで見送り。
幾つか見つけた遺品の内、本来あんな場所にあってはおかしい物品。
油紙に包まれ、厳重に保管されていたであろう一本の金属――――錠前の鍵。
「ぁの、おにいさま……。」
「分かってる……が、その前に御母上様に呪法掛けるんだろ」
そんなもの、とでも恐らくは口走ってしまうだろう。
それ程までに彼女は疲れていて、頭が回っていない様子で。
そして俺への呼称も何だか変な方向に向いていた。
懐かれた、とでも評すのが近いのかもしれんが……何故その呼び方?
聞いて、はっきりと答えるか分からないから後回しにし続けているが。
「ただ、その前に開くかどうかだけ確認したいところがある。
俺一人だと何かしらあったら不味い、ちょっと付き合ってくれ」
それと、アレも持って。
そう付け加えるように指差したのは、今日拾ってきた黒い物体。
「これを、ですか?」
「浄化するにしろ呪法陣刻むにしろ、ちょっと広い場所が必要になるんでな」
それと時間か。
普通に外でやっても良いんだが、その場合は多分”運悪く”アレが走ってくる。
と言うより俺ならそうする。
対策を取ろうとしたその間際で失敗させることとか、楽しんでやるだろうと。
そんな悪い信用を更新し続けている。
「はぁ……?」
多分認識しきれてないんだろう。
俺も正しいのかは分からないし、そもそもあの場所用なのかも分からんのだが。
てくてくと向かった先は受付の対面側、恐らく倉庫になっている建物。
はっきりと確認した訳ではなかったが、この場所で見つかるとすれば此処くらい。
他に思いつかないし、むしろ他の……外の鍵の可能性が高いとは思うんだが。
なんとなく、何かに引っ張られるようにその場所が気になっていた。
「ここ……ですか?」
「そう。 御母上様から何か聞いてるか?」
「……きづいたら、鍵が無くなってた……とか?」
詳しくは知らない、と言いつつ。
今まで生活を整えるのが優先で、開かなかった場所には興味を向けなかったとのこと。
まあそれもそうだよな、と口にしてゆっくりと移動を再開し。
若干フラフラしてるので彼女の肩を支えつつ。
別に明日でも良いと言えば良いのだが……正直、この物体を本殿内に放置したくなかった。
やれるのなら浄化の陣を刻んで貰った上で安置し、明日回収すれば済むんだが。
実際に活動を行うのは明日朝一からで考える必要がありそう。
昔に塗られたのだろう油は殆ど乾き、錆びついた感触を指先に覚えつつ。
そこそこ重量があるそれを、門状になっている鍵口へとゆっくり差し込む。
引っ掛かるのかどうなのか、それが一番の問題点ではあったのだが。
無事に奥まで進み、捻ればがちゃりと鈍い音。
「……開いたか」
「……あき、ましたね。」
何故鍵を外に持ち出したのか。
何故此処を閉じる必要があったのか。
その理由の断片でも、この中に転がっているのかどうなのか。
ぎぎぎ、と軋む扉を強引に開く。
腕と肩に地味な痛み……筋肉痛になることはないだろうが、幽世に潜る時並の疲労感。
早めに要件を済ませよう、と彼女を先に入らせて。
後から俺が滑り込み――――簡易呪法で明かりを灯せば。
「……うへ」
ついつい言葉が漏れて、倉庫の内部で響いて反射した。
山と積み上げられた書物の数々。
箱に納められた幾つもの物品。
そして――――。
目に見えて分かる、明らかな異常性が突き刺さる。
文机と筆と……其処に座り込んだままの、閉じ込められた白骨死体。
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