041/白骨


「……ほね?」

「閉じ込められてた……のか?」


同時に、同じものを指しての言葉。

ほんの少しだけ、思考が停止し。

ごとん、と持っていた黒い物体が床に落ち。

そのままの勢いで端の方に転がっていき、壁で停止した。


(……いや、考えるより先に対策だけしないと。)


外から出来るだけ覗き込まれないように、そして閉じ込められないように。

扉の間に枝と細い金属の縄のような装備品……『鞭』に近い装備品を挟み込む。


くに、と折れ曲がりつつも切れず、完全に扉が閉まり切らない状態に頷く。

装備はしないし、まともに扱えない特殊武器ではあるのだが。

こうして『外と内を完全に遮らない』用途としては地味に便利。

こうした応用ができるのも、この世界に降り立ってから考えついたことではある。


『道具』として使用できるものでなくても、形状を利用出来るんじゃないのか。

ある意味当たり前の発想ではあったが、俺も考えが凝り固まっていたと気付いた要因の一つ。


「細かい物品の調査は明日やるとして……だ」


周囲の様々な物品や情報に目が行きそうになる。

出られるヒントが眠っているかもしれない。

ただ、ふらふらとし続ける彼女を完全に置き去りには出来ず。

そして何より、


この扉を見る限り、内側から開けられるような機構は見当たらない。

つまり、牢獄と倉庫を兼ねたような作りとも言えるわけだ。

下手に一人で調べていれば、外から何らかの手段で塞がれてしまえば終わり。

そういう意味でも鍵を外に出しっぱなしにするのも怖いので、外で警戒しながら……が理想か。


誰に聞かせる訳でもなく。

目の前にいるのは灯花しかいないけれど、自分に言い聞かせるように口にする。


「文机の上の書物だけ確認したら、本殿に戻って能力取得して御母上様に回復呪法試して……。

 そんで飯食ったら早めに寝る、でいいか?」


明日は朝から此処の調査を進めよう、と脳内記録に記す。

余裕が見えるのは後長くて2~3日。

その間に最低限の方向性を固めて、準備期間に移行しないと不味い。


「……わかりました、おにいさま。」

「その呼び方辞めない?」


そう口にしても無視される。

……そう呼ばれる理由もないよな?

アレだけ警戒してた相手なんだし、精々互いに利がある協力相手位の筈なのにな。


(……刷り込みみたいなもんだと割り切るか。)


鳥の雛が最初に孵った時に見たものを云々、というやつ。

アレに近いものだと割り切って、思考をどうでもいいことから書物へと移す。


どうやら、目の前の骨は座り込んだままで死んだらしい。

机の上にも指骨らしき破片が幾つか見える。

筆も何かを書きかけていたかのように変に転がりながら完全に固形化し。

座り込んでいた場所と机は少しだけ変色している……恐らくは腐乱死体の体液か。


完全に乾き切っているのがまだ救いか、と指先で書物を摘み。

机から距離を取り、扉の隙間の光がギリギリ差し込める場所に置いてから一枚捲る。


「……なんの、ほん?」


後ろに付き従うように張り付く彼女も、隣にへたり込むように座り。

首だけを真下に向けつつ、目線を同じく書物に向ける。

言葉遣いがどんどん幼くなってきているのはもう知らん。 無視だ無視。


「読めるのか?」

「……かんたんな、かなだけなら。」


じゃあほぼ読めないと思っていいか。

こういった部分は本来彼女が受け継がなければ行けない知識だと思うんだが。

もし出られたら御母上様が勉強でもさせるだろう、と切って捨てる。

ただ、『本』という存在を知っているのと、それを結び付けられることは理解した。

ひょっとすれば彼女の部屋か、或いは遺品として見掛けたことがあるのかもな。


「じゃあ一応読み上げる。 気になるところとか聞き覚えがある内容があったら言ってくれ」


まあ、二度も三度も此処で読み返すつもりはない。

もし何かしら該当する部分があるのなら其処で一旦止め、本殿内に持ち込むつもり。

既に日は沈みかけている以上、残された時間はそう長くもない。


こくり、と頷く彼女を見た上で手元の書物に目をやって。

出来る限り小さく、囁くような音量で読み始める。


「えーっと……『我が復讐のためにこれを綴る』……?」


最初の2頁に渡るように大きく、筆で記された文字。

基準は日本語に近く、幾つかの漢字が旧語だったり特殊な単語が用いられていたり。

そのまま読み取るのはちょっと苦労するけれど、脳内で置き換えるには問題ないレベル。


「『許さない、あの者達に死の先までの怨嗟を。 七代先の、更にその先までの苦痛を望む。』」


――――基本的には、やりきれない怒りが主体。

此処に閉じ込められた白骨死体の主は、どうやら御母上様の従者に近い人物だったらしい。

先に封じられた主を訪ねた際、門番や受付達に騙され閉じ込められ。

内側からどれだけ叫ぼうとも声が聞こえず、音も届いたものか分からず。

飢えて乾いて、死に至るまでの様子が描かれている。


倉庫の天井を見れば、汚れて隠れているその端に微かに刻まれた円状の部分。

防音や耐震など、そういった成分が刻まれた倉庫だからこそ。

封じるには容易く、此処を永久に閉じることを実行できたらしい。

そしてそれらを理解できるほどに、呪法に関して長けた人物でもあったようだった。


「『い識が霞む。 身だもまとむにうこかない。』」


以前読んだ記憶が正しければ、水分が不足して三日もすればどうしようもなくなるという。

仮に簡易呪法が使用できたとして一週間。

食料も何もない、唯の道具のみが置かれたこの場所で。

最後を待つ感情はどうだったのだろう。


「『――――だから。 最ごに、おじょうさまえとおんをかへす。』」


文字も乱れ、言葉も色々と狂う中で。

大きく筆を滑らせて書いたような、その言葉。


「『』――――後は、良く分からんな」


多分筆で書いたから、塗り潰されてしまっているのだろう。

大きな円と幾つかの記号、これは恐らく呪方陣の記号か。

……こんな優秀な人を何故閉じ込めたのか。

それを知るのも、恐らくは既に骨と化している。


「ただ……」


ちらり、とぼうっとした表情の灯花を眺めた。

意識がどこかに飛んでいるような。

不可思議なものを見つめている、聞いている。

いつぞやの俺を見ているような錯覚を、再び味わい。


(――――答えは、見えたか。)


肩に触れ、起こすまで。

数秒の間、灯花は文机の上をただ。

物言わぬ誰かと語るように、見つめていた。

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