015/追跡


『――――ywakf』


ずん、と周囲に響くような音。

生命を失い、本来ならば瘴気に分解される筈の鵺の姿。

場所が場所故からか、即座に消えることはなく。

端の方から微かに分解されていく光景が視界に映った。


戦闘時間、凡そ四半刻程。

本来はもっと深度を上げた状態で戦うような妖だからだろう。

明らかに普段よりも時間が掛かり、与える損害も薄皮を削いでいくような戦い。

ハリネズミのように矢が複数刺さり、地面にも幾つもの外れた矢が転がっている。


「……結構使っちゃったなぁ。」

「まだ矢の在庫有るのか?」

「再利用できるからまだ……でも、こんなのを何度も繰り返すなら無理だよ。」


白は周囲の警戒。

伽月は途中で刃から聞こえた異音を確認し。

リーフはその辺りに生えている薬草を拾い集め。

俺と紫雨は再利用できる矢弾の回収・確認中。

先に視線の元を探りたかったが、紫雨の戦力回復を優先した形。


(……根本の疲労は抜け切れてないだろうしなぁ。)


全員が全員、昨晩からの対応で疲労は確実に蓄積されている。

外傷という意味合いでは俺の能力で治癒も済み。

霊力という意味合いでは周囲から吸い上げ回復したが。

持ち込んだ道具、という目線からすれば確実に減っている。


「そういや、何本か違う矢使ってたよな?」


ふと思い出したこと。

戦闘中に見えた何本かの矢を脳裏に浮かべ、聞いてみる。


「白木のこと?」

「そう、それ。」


白木。

この世界ではそれらは普通よりも高い、若干特殊な矢として扱われる。

元々生える場所が幽世の近く、瘴気が濃い場所という条件も勿論ながら。

それらを加工した矢は、神職や呪法師等の手により属性を付与出来るからだ。


恐らく、あの時飛んでいたのは『清める』系列の神職の付与効果。

五行属性とは違い、純粋に威力を高める目的で使われることが多い。

素材自体を清める事で、複数回利用可能。

つまり使い捨て、というものではないのでやはりお高め。


「ちょっと試しておきたくてさ~。

 間違いなく効果はあるけど、めに見えて変動が有るわけでもない……のかなぁ?」

「まあ相手が相手だったしな。」


これがもし、使うことで時短になるのなら紫雨は容赦無く使用したと思う。

此奴は単純に節約が好きとかそういう類ではなく、合理的・効率的かどうかで考える節がある。

彼女の腕の内側……家族認識した相手なら別っぽいんだが、それは今は置いとく。

そして今回の場合、使用前後での比較をする為に何本か試しに使ったということらしい。


「ん~……回収系の能力優先したほうが良かったのかなぁ?」

「どーだろうな。 後回しにしてた理由もあるんだろ?」

「朔君の部隊、物理系で一撃に重みを置いた人いなかったじゃん。」


……伽月が加入するまでは確かにそうだな。

ジトっとした眼で見られて、苦笑で返す。


彼女の言う『回収系』というのは、使い回しが利く道具を消費する場合。

例えば矢であったり呪法が込められた回数制限がある杖、毒を消費した後。

使用後に一定確率で再度手元に呼び戻す、という能力。

何でも自身の霊力を元に複製したものを使用した、と誤認させる能力らしい。

それが上手くいくかどうかで戻ってくるかどうかが決まるとかなんとか。


「その前提の派生が重いんじゃなかったか。」

「だから何でそれを知ってるのか疑問なんだけどねぇ~。」


大体半数より少し多いくらいは回収できた。

これを彼女が修復して再度使い回す、と。

其処までは俺は手は出せないので、引き渡すまでだが……。


「…………朔、くん。」


どうだろう、と周囲に眼をやろうとした時だ。

茂みの辺りで真顔になったリーフから声が掛かった。


「どうした?」

「…………これ。」


近くで白も同じように地面に目線をやり。

どういうことだとばかりに顎に手をやっている。

指差されたのは、やはり地面。

近付き、目を向け。


に眼を少しばかり開く。


「…………誰も、此処には。 入って、無いよ。」

「付け加えるなら、誰の足の形にも合わぬ。

 長旅用の靴ではなく、足袋に近いの。 これは。」


地面にめり込んだような跡。

体重がその分掛かっているのは、恐らく其処に潜んでいたからだろうと。

ただ姿が既に無いということは戦闘中……つまり意識が逸れた所で逃げたか。


「白、追えるか?」

「多少心得があるならば誰でも追えると思うがな。」


そっちじゃ、と指を向けた方向。

木々や石などが転がり、獣道とも言えない場所ではあるが。

誰かが無理に通ったような細い隙間と所々に薄っすらと残る足跡。


「多少は痕跡を消してはいるが……素人が出来る限り対応した、と言った感じかの。」

「随分と経験者みたいなことを言うようになったなぁ、白。」

「誰のせいだと思っとるんじゃご主人。」


茶化すようなことは言うな、と目線で言われて頭を下げる。

全く、と口走るが怒っているというよりは言わねばならないと判断した感じか。


「で?」

「全員の戦闘後対応が終わったら跡を追う。」


一番気になるのは伽月か。

下手に刀が折れ曲がりでもすれば戦力が極端に減る。

それに此処は幽世の中ではないから、武具などを補給する手段もほぼ無い。

……自然発生した瘴気箱のようなモノなら何処かに転がっているかもしれんが。


「二人は大丈夫か?」

「…………私、は。 ほぼ、見てた……だけ、だから。」

「吾は……そうじゃなぁ。 数分で構わん、休んでおいていいか?」

「ああ、その分の見張りは変わる。」


本来は交代交代で休む筈だったが、妙なものを見つけたとなれば早めに追いたい。

恐らくはこの先に何かがある。

人影か、或いは建物か――――それ以外か。

何にしろ、先に進んでいるという認識は持てる。


人知れず、手に力を込めながら。

座ったままで手入れを続けている二人へ、足を向けた。

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