036/月夜


話を終え、部屋を出て。

食事を終え、部屋に戻る。

そんな日常生活ではあるけれど。

普段と場所が違えば、流れる時間も変わって見える。


気付けば宵の夜。

しかし普段と違って、外の景色は引かれた電気で明るく光る。

……この電気を発生させる大元も、特定の妖の残滓ドロップアイテムなのだけど。

それらを意図せず無かったことにし、世界は今日も回っている。


(……なんて、俺も疲れてるのかね。)


幽世の中とは違い、外の月は三日月で。

案内された部屋の窓から眺めるそれは、普通のものとは違って見えた。


(普段なら寝てるか起きてるか、中途半端な時間では有るんだが……。)


どうしたものかね。

便所で用だけでも済ませて考えるかな、と扉に手を掛ければ。

近くから小さく軋む音が、扉越しに聞こえる。


かたり、かたり。

直ぐ側の階段をゆっくりと、誰にも気付かれないように昇る音。


(リーフ……?)


その後姿は、食事時に着ていた衣装と酷似はしていても色合いが違う。

黒い外套を取り外し、何にも染められていない白い衣装で。


(確か、二階って荷物置き場くらいにしか使ってないって話だよな?)


中程か、もう少し上か。

その程度まで移動するのを確認してから、気付かれないように部屋を出る。


かた、かた。

ゆっくり、差足、忍び足。

自然とそんな歩き方に慣れてしまっているからか、或いは向こうが集中しすぎているからか。

此方は上を見上げ、けれど向こうは俺には気付かない。

そのまま、二階の何処かへ姿を消していく。


その時に身体が動いたのは、本当に自分でも分からない。

好奇心なのか。

老婆の依頼からなのか。

或いは、この身体の持ち主の意思からなのか。

ただ導かれるように、気付けば俺自身も階段を登り始めていた。


かた、かた、かた、かた。

軋む音は変わらずに。

上と下とを注視して、誰も来ないことを密かに祈って。

やがてその祈りが通じたのか。

異常が見当たることもなく上へ――――その曲がり角へと移動する。


そっと、顔だけを覗かせれば。

屋根から微かに入る月光の下で。

ぶつぶつと何かを呟きながら、手元のカードを開く少女の姿。


「今日は、大丈夫だった。」


手元のカードを開いて、再び元へ戻している。


「明日は、どうかな。」


一度束をシャッフルし、もう一度上を開いて戻す。


「明後日は、どうかな。」


更に一回。


「その次の。」


更に。


「その次。」


繰り返す。


「次。」


夢幻に。


「――――。」


身体が一瞬、濃く薄くと点滅して見えた。

同じ動作を無限に繰り返す。

ぶつぶつと、何かを呟きながら。

、次へ次へと繰り返す。


「…………リーフ?」


声を掛けたのは、その姿が余りに曖昧過ぎたから。

人ではなく、或いはまた別の何かではなく。

昼間の姿とは全く違い、何処か神秘的な気配が浮かんで消えている。


「…………朔、くん?」


下を向いていた顔が起き上がる。

その眼だけが曖昧に、何処か遠くを見つめている。


取り替えっ子チェンジリング

『運命神の導き』。

彼女の性格の出来た時と、彼女自身の背景。


彼女達の話から聞いていた内容で、浮かび上がるのはたった一つ。


「……?」

、だよ?」


自身が得てしまった能力で。

という事実。


変だなぁ、とほにゃりと嗤う。

当たり前のことじゃない、と小さく微笑む。


「……ルイスさんは知ってるのか?」

「知らないと思う、よ? これ……私の、我儘、だもの。」


何があっても失いたくない。

そう思い込んだが故に、その能力を暴走させ。

そして彼女の中のナニカが、正しくその力を発揮させている。


占い。

或いは占術。

と同じ言葉だからこそ、言霊として仙人の持つ力という意味を併せてしまう。


人が至ったその先。

『神』と似た意味を持つ存在。

未来を見通す、運命神の権能。


危機を避けたいという心からの感情。

足りない瘴気は無限に汲み上げられる霊力が補って。

『人のままでいなくては、意味がない』――――そんな心が結晶化してしまう。


(……此奴、。)


人が人のまま、その存在だけを変質させる。

それ自体が壁を超える理由であるのなら。

元々が違う存在が、変質化する理由を求めてしまえば。


(……こうなる、ってことか。)


納得したくはないが納得してしまった。

そして恐らく、


絶対に彼女には気付かれたくない、という思いがあって変わったことだから。

俺自身がもう少し近付いていれば或いは、気付く機会も無かったかもしれない。


「ああ、そうだ。」


ぽん、と手を叩いて何かを思いついたように。

そして、俺を見て小さく微笑む。

と、信じ込んでいるように。


「朔くん……も、先のこと、知りたくない、かな。」


未来が見えていれば安心だ。

全ての道程が作られていれば、危機が分かっていれば。


「……はじめての、お友達。」


>>だから、私が護る。


「……はじめて、引かないでくれた。」


>>だから、私が導く。


「……だから、特別。」


>>だから――――。


何かを、言いかける前に。

今ならまだ、止められると心の何処かが叫んでいる。


「……リーフ。」



【Ex_Event_Start】


異常な言葉と。

異常な何かが同時に映る視界の中で。


>>行動を待機しています...


彼女の悲嘆の言葉を前に。

その言葉を断ち切るために。

必要なものは、なんだろう。

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