005/行き倒れ
俺達の部隊拠点として利用させて貰っている薬屋。
以前は使われていなかった二階を片付け、使用料を支払って借り切っている一室。
「……ふぅむ。」
「どうです?」
「過度な疲労と栄養失調……それに怪我が酷かったねぇ。」
その片隅に、軽く敷かれた布の上で薬その他を塗りたくられ。
ほぼ半裸のような状態で、適度に育った胸を上下させている少女が眠っている。
少しだけ清められた顔は、恐らく俺達と同い年くらい。
成人まではしていないように見受けられる。
「
手を拭いつつ、一息つくルイスさん。
彼女も3年経ったからか、少しだけ皺が目立つようになってきた。
けれども、リーフに教え込んでいるという生き甲斐があるからか。
精神的には初めて会った時よりも強く、逞しくなっていたりする。
「いえ、なんというか……帰路の途中で茂みの中に倒れてまして。」
そう、ボロボロの――――既に役割を果たしているかも曖昧な服装で。
腰に佩いていたのだろう刀は途中で折れ、柄と中程までだけが残り。
顔や肌も土塗れで綺麗な姿もほぼ見えず。
長い髪も途中で斜めに裂かれ、肩甲骨辺りで途切れてしまっている。
そして何より。
肩筋からの大きな切傷が目立ち、血が流れている姿。
気配を消したままで倒れ伏しているその状態こそ異様で。
甘いと言われようと、どうしたものかと話したのはほんの少しだけ。
残していたリーフ特製の(効果量も低い)塗り薬を塗りたくり。
本来売るつもりだった、水属性に対する軽い付与効果が付いた外套で身を包み。
背負って急いで帰ってきて、と。
後はルイスさんにお願いしてしまって今に至る。
流石にその場で脱がして塗れる程、俺達は割り切れていなかったし。
見捨てられる程、心が死んでもいなかったというだけの話。
「ふぅん。」
「大丈夫なんですか?」
「まぁ見たところ、死ぬような状態からは脱したよ。 後はこの子の気力次第かねぇ。」
そうですか、と口にする。
白とリーフは下の調合場を借りてゴリゴリと勉強兼薬の生成。
彼女に使った分を含め、今日一杯は手を離せないだろう。
「ところで、ちょっと聞いてもいいですかね?」
「あぁ、なんとなくは分かるよ。 この子についてだろぉ?」
二人がいる状態なら……いや、正確に言うならリーフがいるところなら聞き難い事。
酸いも甘いも噛み分けてきた人にだからこそ聞けることがある。
「傷以外に目立った何かありましたか?」
「いんや。 治療に必要だから軽く身体は綺麗にしたけど、外傷しか見えなかったね。
あー…………襲われた時のような体液とかがない、って意味だけどさぁ。」
意味分かる? と暗に聞かれ。
小さく頷き、ちょっとだけ思考に浸る。
つまり、あの状態でも見つかることより隠れることを優先した?
治す手段があったのか。
或いは自分が見つかればどうなるかという自覚があったのか。
その辺は起きてから聞くしかないか。
「一般的な意見なんですけど、あの子ってどうなんですかね?」
「どう、って言うとぉ?」
「いえ……行き倒れを日ノ本で見ない、っていうのは何となく分かるんですよ。」
普通に働いてさえいれば食うこと自体は出来る。
それより稼ごうとすれば失敗もあるから野たれ死ぬ事もある。
ただ、それでも。
今の時代に外に出歩こうとするのなら能力者か、それに依頼する人物達が普通だ。
それは子供から老人まで理解している筈のこと。
だから、他にどうしようもないという場合を除けば見るはずもない。
「ただ、俺達が見る限り警戒するほどの深度ではなかった。」
それも助けようと思った理由の一つ。
もし助け起こして恩を仇で返されたら堪らない。
倒れているのが罠の可能性だってあった。
その辺を踏まえ、何があっても大丈夫なラインだと判断したから助けたという思惑もある。
「それがたった一人で。
加えて、あの感じだと村生まれとしても追い出されるには遅すぎるでしょうし。」
大体物心がついた頃……或いはもう少ししてしまえば追い出される。
能力者を受け入れる村ならば可能性は別だが、大体はその場所場所でルールが違う。
便利に使い潰されるか、排除されるか。 それくらいしか思い浮かばないんだが。
「多分だけど、自分で出てきたんだろうねぇ。」
俺が聴きたいことを理解してくれて、そう答える。
「ボロボロだったあの上着、破れてはいるけど付与効果もついてる。
あの刀も恐らくはそうだけど……確実なのは持ってた薬、かねぇ。」
「薬?」
何か持ってたのか?
「ああ。 霊力を生命力に変える緊急薬の類さ。
ただ、あの調子だと回復し切るまでに霊力が尽きてそのまま……ってところじゃないかね?」
それで道端ではなくあんな場所に潜んでたと。
……しかし、そうなると。
「ただ、無謀なのは変わらないね。 相当運が良かっただけだろうさ。
あたしの田舎だったら山賊にでも連れて行かれて人生おしまい、そんな感じさね。」
命を無駄にしている、と判断したのか。
事情を知らないから、というのもあるのだろうが見る目は何処か冷たい。
「……まあ、事情を聞いて。 払うものさえ払って貰えばそこでおしまいにしますんで。」
「そうしな。 あんまり深く関わって良いことがあるかは微妙だと思うよぉ?」
……後から考えると。
多分、最後のこの会話がフラグだったのだと思ってしまう。
良くも悪くも――――彼女との出会いは、そんな形で始まった。
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