020/少女


どたどたと鳴り響く落下音。

恐らくは目の前の彼女と同じようにそちらを見れば、積み重なるようにする四人の姿。

いてて、とかそんな苦痛に耐える声がする中で。


「はやく、此方へ!」


掠れた声、喉の使いすぎ、というよりは……使わなさすぎてのものだろうか。

言葉を忘れる、と言う程ではないのだろうが。

喉の乾きに耐えた結果とはまた違う、聞き取り難い声が隣から響く。


四人もその場に佇み続けるつもりは無いようで、上から少しずつ移動を始め。

全員が穴からほんの少し距離を取った、そんな時。



そんな擬音が正しいように、何かが上から覗き込んでいる。

いや、眼や鼻が見えるわけではないからそう表現するのは間違いかもしれないが。

ただ、俺達を追い掛けてきたというのだけは分かる。


何かを嗅いでいる。

何かを見ている。

何かを聞いている。


五感に当たる部位など何処にも見えないのに。

それは確実に追いかけ回している、と判断できた。

がちがちと歯の根が揺れて。

幾つかの声と、恐怖を根底とした寒気を今になって感じる。

近いからか、或いは理解できないからなのか。


一秒、二秒。

何秒かの時間が経過して、それが姿を消した時。

気付けば全員がその場にへたり込んでいた。


「……今の、は?」


吐く息が白くさえ見えた。

根本的な恐怖。

恐らく、俺と白にリーフ。

感覚が鋭い人間程に、その影響は大きくさえ感じる。


全く以て理解が及ばない。

生命力も、霊力も見えない何か。

名前さえも――――それを表す画面さえも発生せず。

けれど確実に狙われていた何か。


考えが及ばないモノへの恐怖。

極当たり前のものを、今更ながらに強く認識して口にした言葉。


「りゅうみゃく、に住まう抹消者らしい……です」


その答えを口にしたのもまた、見知らぬ少女。


「龍脈の……?」

「はい。 お母様から聞いた程度ですが……」


自然と全員の視線が少女に向く。

それにビクッと反応しつつ、知っていることを教えるのが当然のように。

共有するのが当たり前と思っているように口にする。


「しぜんの、森の中に住まう昆虫のようなものだ、と」


若干辿々しく、聞いたままの言葉を口にしている感じを受けつつも。

彼女の言葉を噛み砕けば……そう。

アレは、文字通りの掃除人に似た存在らしい。


龍脈は文字通りに大きな力を発揮させる場所の上。

知ってか知らずか、妖だけでなくかつては人なども当然に其処に住み着いたと言う。

神職という意味合いだけでなく、自身の身に余る力を求めるモノ。

或いは悪意を持つ者や住まうことで何かしらの変異を狙う者。

気付けば自然と広まっていたそんな話の上で、その力を護る為に龍脈自体が遣わした掃除人。

邪魔な存在を、その場所から排除するためだけにいつしか生まれた謎のモノ。


呑まれればどうなってしまうのか分からない。

どこかに飛ばされるのか、そのまま消失してしまうのか。

『呑まれた』と証言する人間はいても、その答えは千差万別。


だからこそ、幾百年も前にその上で暮らすことそのものを自然と禁忌として認識し。

その影響から逃れる手段を握った神職を除き、人は干渉することを辞めたのだとか。


……直感的に感じた恐怖はやはり間違ってなかった、ってことか。

少なくとも知らない、という俺の考えは間違ってなかった。

そんな過去に関する事情は聞いた覚えも無かったし、人がいない理由も一応の納得がいく。


(対応手段を持ってないのならそりゃ住むわけもないよな……建物毎呑まれなかったのが不思議だ。)


神職だけが龍脈の上にいる……というよりは逆か。

龍脈の上でしか神職を仲間に出来ない、というのはこれに繋がっている一部なんだろうな。

実質的に『その上に閉じ込められている』ような状態から離れる蜘蛛の糸。

それを望むような人間だっている、って話だろうし。


ただ、この話を聞いて更に深く疑問が浮かんだ。


「改めて聞く。 君は、誰だ?」


何となく、その答えを俺は知っている気がする。


今回の目的。

目指してきていたもの。

それに触れたような、指先を掛けたような感覚。


ただ――――俺が見知った人物像とはとても掛け離れた口調と言葉。

もっと浮き世離れしたような、必要な言葉だけを話していたような気がする。


「……それをはなす前に、一つ伺ってもいいですか?」


そして、先程の目が合った時の感覚。

他の誰と出会った時とも違う、共有できる感じ。

互いの意思を無意識の内に、脳裏でやり取りする感じ。


それは自然と喜びに似た感情を与え。

そして内心、恐怖を受けた。


「何を?」


全てを抜き取られているような気がしたから。

人から忌み嫌われるだろう、という感覚を理解したから。

、と。

言外に、言葉にせずに突き付けられている気がしたから。


乾いた唇に罅が入った。

けれど、誰も答えようとしないだろうから。

俺自身が代表して、口にした。


「あなた達の中に……薬を作れる人は、いますか?」


だからこそ、そんな質問に少しばかり話のテンポを外された気がした。

目線を向けるより先に、おずおずとリーフが手を挙げる。


「…………最低限、の、もの、なら?」


その言葉を聞いて。

少女の顔に浮かんだのは、喜色。

先が少しばかり見えた、と言わんばかりの救いを差し伸べられた側の顔。


「……なら、お願いです。」


頭を伏して。

俺の言葉に答えるよりも先に、彼女は再び口にする。


「おかあさまを、見てください……薬師様」


そんな、懇願を。

そんな、何も持たない身分の祈りを。


「とうかは、灯花とうかと申します。 ――――それ以上は、今は言えません」


そんな、救いの手を差し伸べた誰かは。

同じように、助けて欲しいと。

たった一人を助けて欲しい、と……口にしたのだ。

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