021/母御
混乱が続く中ではあるが。
彼女の潤んだ眼に、何人かが根負けした。
案内されるままに床下を這って進めば、奥の方に若干の光が見えた。
そちらに顔を覗かせ、薄い煎餅布団のようなものの上に横になる影を見つける。
上の掛け布団に当たる物体は俺達にも見覚えがある、休憩用の羽織るやや厚い布。
ごほん、と咳をして上半分が飛び跳ねるのが見え。
慌ててリーフが上へと上がり、その影へと近付くのを眺めていた。
(……体調不良、って言葉で片付けていいのかね?)
目が慣れてくればその影が人の――――女性の形を取っているのにも気付く。
明らかに呼吸器系が不調の時の、何か水っぽい咳も混じっている。
咳をし続けては呼吸が不安定に揺れたり、落ち着いたり。
病人というのは、そんな呼吸音を聞いているだけでも分かった。
「………………ええっと、ええっと」
混乱しながらも、能力に依る副産物……薬を作る前提の、状態を確かめる知識を掘り返している。
正しい意味での「病を治す」能力ではないから、完全ではないのだろうが。
それでもルイスさんからの指導も相まってか、薬師見習いとしては十分に名乗れそうな行動を取る。
鼓動の確認や上着を脱がそうとするのを眺めているわけにも行かない。
横から湿った目線を向けられ、慌てて目を逸らす。
「……全く」
「もう少し気を使わないと駄目だよ~?」
だったら口で言えよ、と反論しようとしたが。
目線が二つから四つに増えたことで押し黙る他無くなる。
せめてあと一人は男の知り合いが欲しいってのは贅沢なんだろうか。
女だらけって最近ちょっと苦しくなってきた。
目線を逸らしながらそんなことを考えているだけ、というのも時間が勿体なく感じて。
少しばかり落ち着き、他三人が休み始めた中で。
検診しているのを見ている少女の横顔を見つめてみた。
(少なくとも、彼女には病気の兆候は見えない。)
精々で飢え、飢餓。
頬がこけ、肌が黒ずんでいる汚れだらけというのはあるが病の兆候はまるで見えない。
正直、こんな場所で腹一杯の状態とかだったら正直恐ろしくて直ぐに距離を取っていたと思う。
空腹を抱えてはいるようだが……餓鬼のように腹部だけが出ている、と言った状態ではないのは救い。
ただ、被せられている布からして超能力者の遺品を拾い集めているのは間違い無さそうで。
聞くことばかりが積み重なって、何度目かの溜息を漏らした。
少なくとも彼女……灯花と名乗った少女と、目の前の寝込んでいる女性。
この二人に関する背景と、あの掃除人という良く分からない闇。
この辺りに関しては、俺はもう何も知らない。
何とはなしに、彼女の背景に関しては思い当たる節がある。
俺達が求めてやってきた神職の末裔、最も血の濃い存在。
先程の説明の上でも『龍脈の上に住まうもの』の話があったように。
自分でも気付かない内に、自分の正体に近い言葉を口にしていた。
つまり、今寝込んでいるのはその母親に当たる人物ということになるが。
(問題は……。)
俺が知る限り、どんな行動を取った所で彼/彼女は一人で廃れた神社に住んでいたという事。
父親母親に関する話題は全て好感度的な意味合いでの地雷。
たった一人で捨てられて、最低限成人するまでは面倒をみるがそれを過ぎれば完全放置され。
故に他者への信用/信頼など当初は欠片も持たない。
何方かというのなら、内面は人ではなく動物に近い存在が隠しキャラとしての設定だった。
そんな前提の最初の最初がひっくり返っている。
だから、どう話しかければ良いのかという迷いが少しばかりあったのだが――――。
「…………もう少し、時間が……掛かると、思います」
簡単に見ていたリーフのそんな言葉で、一時的に部隊で別の行動を取ることにした。
リーフと紫雨、後は伽月の三人で少し面倒を見て。
俺と白、そして少女の三人で色々と質問……そして神社内で休める場所を案内して貰う事に。
ただ。
そんな提言をする上で、リーフは前髪の下でぱちりと片目を瞑ったことからして。
本来は其処まで必要無いことなのだろう。
それを読み取り、小さく頭を下げて一度別れた。
色々と気を使わせてしまっているし、全部が終わった後で何か彼女に返せることを探さないとな。
再び床下に頭を沈める。
こうしていると……というよりは夜目が少しばかり利き始めると多少見える光景が変わってくる。
土も外とは違い、何処かふんわりとした感触。
四隅に当たる部分……と思われる場所には杭のようなものが刺さっている。
一箇所には恐らく廃棄物などを纏めているようで、少しばかり盛り上がって見えた。
彼女達がいつからこうしているのかは分からないが、それにしたって量が少なく見える。
先程までの混乱していた状態では気付けなかったこと。
そういう意味では、何も考えずに灯花と名乗る彼女に着いてきたのは間違ってなかった、か。
「ええっと……灯花でいいんだよな?」
「……はい。」
先を這う彼女の背中に声を掛ける。
俺の背中に張り付くように動く白は特に言葉を発しない。
ただ、背中から感じる圧力で大体言いたい事は伝わるので気にしない。
「落ち着いた先で、少し時間をくれ」
「? 時間……です、か?」
ああ、と言葉を放った後に。
彼女の背中に向けて、引き続き。
「俺達とお前達、お互いの事情を擦り合わせたい。」
慈善事業ではなく、此方も理由があってこそ。
彼女の側も、それは同じく何かしら求めるものがあると判断する。
恐らくは……あの女性絡みだとは思うのだが。
「何故こんなところにいるのか。 何故出ていかないのか。 話せる範囲で、教えて欲しい。」
それを、彼女を見る代償の代わりにするつもりで。
這い進む背中に投げ掛けた言葉には。
ほんの少しの間、返事は無く。
……微かに、顔が動いたのは。
入ってきた時とはまた別の穴へと、手を掛けた時だった。
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