019/逃走
え、と再び声が聞こえ。
けれど走り始めた俺へと慌てて追従を始める。
走る限りは追いつかれない。
けれど歩けば追いつかれる。
そんな何とも言えない速度の、黒い何か。
「一体何g……なんじゃアレ!?」
「俺が知るかぁ!!」
若干キレそう……いや、キレながら叫ぶ。
俺に理解できないものが幾らでもあるのはもういい。
ただ、こうも畳み掛けるようにやってくるのはどうなってるのか。
「なら誰が知ってるんじゃ!?」
「知らねーよ!?」
絶対後で追求されそうな言葉。
聞いていないで欲しい、と願うがどうなることか。
「何にしろ走れ! 全力な!」
一度立ち止まっていた、というのが功を奏した。
全員が一塊で、変に隊列を組んでいなかったこと。
そのほんの少しの差で、最前衛……白の生死に関わったのだろうとそう思う。
【速】の差もあり、追い付き追い越すのは手慣れている彼女。
だから一度後ろを向いてしまい。
そして向き直った時には顔を引きつらせ、理解できないと更に足を早める。
叫ぶ余裕すらも無くなりつつある。
俺も白も、何方も。
「俺が指示する! 白は他の三人の補助を頼んだ!」
「わ、分かった!」
ちらちらと後ろを向いていては対応もできない。
そもそも背後のそれに知識や意識があるのかさえも分からない。
ただ、あの影に追いつかれたら不味いと全身が囁いている。
そんな、生理的な恐怖を感じながらの逃走。
「…………凄い、寒気、が」
「良いから走ろうよリーフちゃぁん!?」
「何事なんですかこの場所!?」
最も
二人を引っ張るようにして、大慌てで走ってくる紫雨から目線を外し。
最初に曲がり角を折れれば、古びた建物の側面へと出る。
どうやら最初に入った場所は裏側に当たる場所だったらしく、入り口らしき場所は見えず。
壁に穴が空いた場所が幾つも目に入るが、俺達が入るには余りにも小さい。
(一度彼奴から目線切らなきゃどうしようもない!)
目、があるのかは分からないが。
何にしろ一度振り切らないといけないのは間違いない。
単純に逃げているだけでは何処かで体力が尽きて追いつかれる。
焦っているからなのかもしれないが、そんな考えが浮かび続けて離れない。
更に一歩、足を早める。
白に全面的に任せ、建物の表側……普通であれば入り口に当たる場所が開いていることを祈る。
最悪は蹴破ってでも中に入る。
そんな嫌な覚悟を決め、大きさだけは金持ちの屋敷を遥かに超えていそうな一角を走り抜け。
脚を地面に擦るようにしながら押し留め、身体の向きだけを90度回転。
一気に表側の戸を視界に入れる。
(入り口……は見えん!)
何というんだったか……対称的な構造、とか言うんだったか。
入り口部分だけが少しだけ突出した構造。
だから其処に遮られて向こう側も見えないし、入り口も同様。
寧ろ右側、
或いは正面口、鳥居のある場所に大きな足跡何かのほうが余っ程よく見える。
それでも、何も理解できなかった訳ではない。
入り口で遮られる場所に一瞬だけ、人影のようなものが見えた。
だからもう、その場所に賭けるしか無い。
「次左折、入口部分が突出してるからその反対側!」
そう後ろに叫びながらに向かう。
肯定を意味する言葉が四つ、背後からバラバラに聞こえ。
そして、同時に。
こっち、と掠れた声が人影の消えた場所から微かに聞こえた。
従うか、微かに悩む自分がいるが。
次の瞬間には駆け出していた。
恐らく俺のことだ、背後のナニカよりも前のほうがまだ何とかなるとでも考えたのだろう。
そして同時に、その声の持ち主に対しても考えを働かせる。
(やや高い声、男の物とは少し違う……!)
声変わり前、と言う可能性はままあるが。
普段から聞き慣れている女性陣の声に近い物。
俺自身が発する声と周囲の捕らえ方が違うというのは分かっているが、俺よりの声ではない。
男子か女子か、その二択でまた女子かよ……と思ってしまう心は抑えきれずに走った先。
人一人分程が通れる程度に開いた壁。
光を背負う形だからか、近付く程に内側の光景が目に入り始める。
ボロボロの物入れ。
綺麗に折り畳まれた、それだけが特殊に見える服か何か。
穴だらけの寝巻き……の残骸。
そして、床に大きく空いた穴。
その奥から。
――――こっちです。
再び、彼方此方から反射する声。
その時に思ったのは若い、というよりは幼い声だな、という事。
俺が言えることでは決して無いが、それでも更に年下だと思う。
「誰だか分からんけど……ちょっと信じるぞ!」
全面を信じる、と言い切れない自分が恥ずかしいが。
俺だけではなく、他の仲間の生命を同じように賭け金に上げるには情報が足りなさ過ぎる。
だからこそ、そんな中途半端な言葉が口から漏れた。
「折れ曲がった先、部屋の中! 穴に飛び込め!」
それだけで通じると信じる。
半ば投げやりに身をその穴の中に放り込む。
少しばかり浮く感覚、からの地面の冷たさと硬性。
強く打った時特有の痛みが脳を貫くが、このまま同じ場所にいれば降ってきた重量に潰される。
這うように少しだけ、穴の中から床下へと移動して。
その手を誰かに取られて、初めて顔を持ち上げた。
黒ずんだ肌。
恐らくそれは全て汚れ、洗い落とせばその下はまた別の肌が見えるだろう。
大事な部分だけを隠すようにした下着に、明らかに大きさの合わない穴の開いた服を身に着け。
深緑を更に濃く、黒に近しい髪色を持った橙色の眼を持った誰かが俺を見つめている。
――――。
不思議と、何かを共有するような気がした。
眼と眼が合っている、というだけなのに。
言葉以上の何かを伝え合うような、錯覚を覚え。
自然と。
「「君(あなた)は?」」
同じ質問を、別の言葉で。
見知らぬ相手に、知らず知らずの内に……投げ掛けていた。
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