036/困惑
奥の部屋から出た時には、既に白の姿はなかった。
カウンターでだらけている紫雨の姿だけが残っている。
「あ、話おわったー?」
「終わった終わった。」
此方を見つければ、そのままの姿勢で声を掛けてくる。
……まあ、何方かと言えば此処は卸売に近いから客足も少ない。
留守番がそんな態度を取っていても許される……のか?
親父さんが何を言うか知らないが、無視しておくことにした。
「白は?」
「蝙蝠娘ならかえったよー。
二人を送った後で買い物して回るってー。」
売却した業幾らか渡したけどいいよね~、と言われて頷く。
まあ本来の分割分より多かったら後で対応すればいいし。
若干足が出たくらいなら俺の分から出す。
……俺の分、使い道がそんなに無いから溜まってるんだよな。
精々飲み物食い物くらいしかこの身体が求めないってのはありそうだが。
「何の話してたのぉ?」
「いや、ちょっと言えない。 色々と事情が複雑でな。」
そして当然――――いや、想定通りに問い掛けてくる。
彼女からすれば自分だけ外された、と考えるのが普通だ。
ただ今回に関しては口にすること自体が不味い、という話。
押し黙っておくしかなくなる。
えー、と当然言い出すのを傍目に少しだけ考える。
……あの糸は、誰に対しての干渉だったのだろう。
いや、何かしらの条件を踏んだから起動した、と考えるほうが妥当か。
今までは見えなかったものが見えるようになる。
それ自体は幽世の中での数値と同じ。
ただ、今回に至っては謎も謎。
(元々見えていなかったのが見えるようになった……って感じじゃないんだよな。)
あの時が初めてだった、という強い確信もある。
ひょっとすれば――――これも壁を破ったことによる恩恵なんだろうか。
にしては数年間が空いているわけで。
(……分からん。」
「なにが?」
「うぉっ!?」
目の前、数センチの距離に紫雨の顔がある。
睫毛だったり唇だったりの細かいところが普段よりも更に良く見えてしまった。
ちょっとだけ目線を逸らす。
「な、何してんだよ。」
「何、っていうか。 一人でぶつぶついいだしたからさー。」
何言ってるのかなー、と思って。
そんな風に笑みを浮かべながら呟く言葉に一瞬硬直した。
……口に出していた?
聞かれた?
「でも何言ってたかぜーんぜん。 まぁ仕方ないけどさー。
口に出す癖はなおしたほうがいいよー?」
「あ、ああ。 気をつけてるつもりなんだが。」
「だめだめじゃーん。」
そうして、その言葉で少しだけ落ち着きを取り戻す。
それでも。
内容が聞かれていなかった、という安心感と。
自分に対しての叱咤と。
二つが綯い交ぜになりつつの感情の落ち着け先が分からない。
(……今までなら、どうしてたかねえ。)
誰かに相談するなり、自然に落ち着くのを待つなり。
結局は何かしらの手段を持っていた。
けれど、相談という手は取れず。
待つ、という手段も先程の相談後からは否定的な考えに移ってしまった。
「何か」という存在を知ったからこそ、向こうからも気付かれたように。
嫌な予感が心臓の鼓動のように不定期に鳴り響く。
多分、今直ぐに影響が襲いかかってくるわけではない。
それだけは確かに分かる。
分かるのだが。
(……影響を与えてるのは、一体何なんだ?)
ゲームの頃の記憶を思い浮かべても、繋がりがない。
四天王のような分かりやすい存在がいた覚えもない。
何しろ、妖の王は殆どの場合。
自身が生存する為に幽世を広げて瘴気で満たそうとする存在なのだから。
悪意を以て、と言うよりは生存競争が行き着いた結果。
(……あれ、いや。)
そう考えて、何かが引っかかった気がした。
勘違い、間違えた記憶。
確か、特定のルートだと――――。
引っ掛かるようで、指が外れ続ける感覚。
何か大事なことを忘れてしまっているような。
「朔君?」
紫雨の言葉が聞こえるが、今は右から左。
俺自身が見たわけじゃないからはっきりしない記憶。
確かリプレイだか動画で作業用の音楽にしていた時にポロッと溢れた情報。
開発側が一度だけ顔を見せた時に零した情報とゲームの情報を繋げたんだったか?
公式が裏に仕込んだストーリーを読み解こうとするプレイヤーが何か言ってた覚えがある。
確か……幽世の最奥で確率で手に入る情報を繋げると。
「人の話はききなさーい。」
頬を引っ張られる。
ぐにぃ、と摘むその力は常人の……この年頃の女の子のものではない。
超能力が影響しているのだろう――――普段なら痛みにも感じなくなりつつある筈なのに。
明らかに痛み……を超え、千切れそうな激痛。
「痛てててててて!?」
痛みで考えが何処かに飛んでいった。
白黒のように見え始めていた世界に色が戻ってくる。
「やーっと帰ってきた。」
「何がだよ!?」
痛みのせいで情報が消えたからか。
余計なことを考えなくなったからか。
不安感は消えたけれども。
「額に皺寄せっぱなし。 にあわないよ?」
「……まさか、その為だけに引っ張ったのか?」
「わるい?」
悪いっていうか……駄目だ、何か言う気力さえ消えた。
「……いや、良いわ。」
「そ。 それくらいふてくされてる方が似合ってるよー。」
「あっそ。」
……奇妙な方法で元気付けられてしまった、と思っておこう。
そう考えないと、やってられない。
小さく溜息と。
それを見て、にひひと笑う声。
不思議と、小さな店内に響き渡った。
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