035/因果
それから少し。
リーフと伽月が拠点に戻る時と同じくして。
「へ、あたしに相談?」
「はい。 親父さんには先に話通してます。」
外套を脱ぎ捨て、内側から
恐らくは遺伝なのだろう、紫の髪に和服を着崩したような。
一瞬だけ見たのでは、花魁か何かのような雰囲気を漂わせる。
俺からして8つ程年上の……既に成人済みの紫苑さんが姿を見せた。
他の三人に伝えるのは後回し。
ついでに言うなら紫雨にも暫くは黙っておいて貰う。
(……本来ならリーフに占って貰うところなんだが。)
何やら嫌な予感がする。
その為のモノで。
道先が見えないからこそ道標を求めるモノなのに。
当人が持ち合わせる能力ではないからか。
間に何かが入り込む余地がある行為だからか。
今直ぐに占えば致命的なような――――勘がずっと警鐘を鳴らしていたから。
少しだけ外部の彼女に相談しよう、と思い至った。
ただ、それだけのことなのだが。
「えぇ……紫雨に悪くない?」
「何考えてるか分かるけど、分かりたくないんですが……。」
妙にくねくねしているのを無視して話を進める。
この歳で年下好きなのは致命的じゃないですかね紫苑さん。
それを家族が分かってるから妙に警戒するんですよ二人共。
目線的には同い年くらいに感じるから、凄い話しやすいのは間違いないんですけど。
「客室使って良いらしいので……もう親父さんは行ってる筈です。」
「そっか。 分かった、じゃあ行こ?」
手を伸ばされ、黙って受けるしかない。
複雑な内心を抱えながら店の奥……彼女達の家へと繋がる道の手前。
商談などを纏めるための客室へと向かう。
途中、紫雨には留守番を任せるのを聞き。
白にも自由にするように伝えたが……。
まあ問題は起こさないはずだ。 二人共に。
嫌な雰囲気が二つ紫苑さんに向いてたけど。 うん。
障子戸を引き、内側へ。
布団机越しに置かれた座布団が二枚。
片側に俺が、親父さんが座る隣に紫苑さんが腰掛けて。
一息。
「――――さて。」
その言葉だけで。
少しだけ、世界が軋んだ気がした。
恐らくは単純に圧力の差。
久しく感じる、深度の差の極端な違い。
普段は……それを感じさせない、という程度に過ぎないのだろう。
「紫苑への相談、と言っていたな。 紫雨を除外するような事、という意味で良いか?」
「はい。」
この人とは色々と話し合ってきた。
娘の『部隊に参加したい』という気持ちも汲み取っている。
だからこそ、今彼女達を会話に参加させない理由を考えていてくれるはずだ。
恐らくは、全面的に協力することを前提に。
だからこそ、こうして普段は伏せているモノを公にしながら。
圧力を掛けられた上からでも言えるのか、と問うていてくれているわけだ。
「何処まで口にして良いのかが分からないので、先ずは半分だけ身内の彼女に。」
無論、この場合の半分とは紫雨を挟んだ、という意味合い。
彼女自身をどうこうしようとは考えてない。
いや美人だし、ゲームの頃に出会えていたらもしかしたら姉妹ルート行ってたかもしれんけど。
今はそんな事をどうこう考えてる年齢じゃない。
「やだもう、身内だって。」
「紫苑……。」
普段よりもおちゃらけている格好に、呆れている親父さん。
俺もどう反応していいか固まるから辞めて欲しいんだが……無視して進めるか。
実際聞いた上で判断して貰うしか無い訳だし。
「つい先程、部隊で今後の方針を決めてる時の事です。
変な幻覚……幻視、或いは白昼夢を見まして。」
信じて良いのかすら分からない、ということを前置きに。
あの時見たものを備に説明する。
見た時の身体の動作であり。
我に返った時には変化していなかったことであり。
他には誰も気付いていなかった事。
つまり、俺の脳が誤認した可能性は極めて高いのに。
身体の何処かがそう思うことを否定している、と。
「と、まあそんな感じなんですけど……。」
ちらり、と見上げればどう判断して良いのか迷う親父さんが見える。
まあ分かる。
幽世の中なら瘴気の影響で少しだけ先を見る能力者だっているんだ。
ただ、この街の中で見た……というのはちょっと想像できないだろう。
俺だって自分のことじゃなければ勘違いで済ませていたと思う。
或いは狂人として排除だって考えるかもしれない。
ただ。
「ああ、うん。 そりゃ紫雨とかに言わなくて正解だね。」
あっけらかんと、当たり前に返した彼女の言葉。
俺達の視線が彼女に向かう。
「紫苑、どういう意味だ?」
「どういう意味もこういう意味も……ああ、お父さんには多分分かんないと思う。」
説明しようとして、言葉を途切れさせる。
分からないとは、と口を開きかけた親父さんの前で。
多分、口にしてはいけないという意味を込めて。
唇の前で人差し指を立て、自分の言葉を聞け、と。
目線だけで強く語りかける。
「多分だけど、その事実をちゃんと伝えられて認識できるのは朔だけなんだと思う。
もしかすると他にもいるかもしれないけど、今あたしが分かるのは朔だけ。」
「……事実を?」
「そう。 何と言えば良いのかな……。」
ちょっとだけ考え込むようにして、思い当たる言葉が浮かんだようで。
手を叩くようにしてぽん、と音を立てた。
「少しでも朔の考えを変える余地がある相手に干渉してる、みたいな。」
「なら、なんで紫苑さんは?」
「あたしはほら。 おかしく聞こえても勘が違和感を感じたからさ。」
一応あたしに聞こえたままで言うとね。
そう付け加えるようにして。
「これから死にに行くから着いてこい、って話をされて。
それに反発したら、部隊長の横暴みたく上から押さえつけられた――――みたいな捉え方をしそうになった。」
……それは。
確かに一側面だけを切り取ればそうも思える。
けれど。
「だから……うん。 朔。」
「……はい。」
「多分、あんたが目指す道中でそうさせるだけの何かがある。 そう思っておきな。」
混乱に、混乱を重ねる言葉を投げられて。
それ以上に言葉を考えられずに。
無言で頭を伏せて――――話は、其処で途切れてしまった。
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