034/親子
「へえぇ……また珍しいのを拾ってきたね。」
「だな。 彼処で落ちるとは聞いたことがない。」
二人二対の目線が、持ち込んだ石ころ……宝珠の原石を見詰めている。
一つは紫雨、もう一つはつい先日に戻ったばかりの親父さん。
元はあちこちを渡り歩く行商人から、株仲間へと上り詰めたある種の成功者。
商人でありながら、居合系……カウンター系列の剣術の一つを修めている人。
その腰には今日も、刀身を眺めたことさえない二本の刀を佩いている。
「やっぱりそうなんですか?」
念の為懐に戻せば、その瞬間まで目線は付いてくる。
多分脳内では算盤を叩いているんだろうなぁ、と。
たった一年の付き合いではあるが、考えていることは何となく分かってしまう。
「ああ。 ……とは言っても、あの幽世を狩りの基点にする部隊はすぐにいなくなるんだが。」
……多分二つの意味を持ってそうだな。
一つは幽世の養分を化す――――つまりは死に至る場合と。
もう一つはこの地から旅立つ……踏み台程度にする場合と。
「色々勉強にはなりますけど、疲れますね。 ああいった幽世は。」
「そらそうだ。 一分一秒でも気を抜けば死ぬような事をして、初めて成長するってもんさ。」
愚痴を漏らせば、そういうもんだと頭を撫でられる。
娘ばかり二人だったから息子が欲しかった、とかで。
知り合ってからはそれなりに良くさせて貰っている。
父上とは違うもう一人の年上の男性……親類の小父さん、くらいの間柄。
「言いたいことは分かりますけどね……。」
「はっは、実体験だからな。」
ぐりぐりと頭を撫でくり回される。
こんな事も大分慣れてきたし、別段不快に思うようなことでもない。
好きにさせていれば、横で話す紫雨のほうが表情を変える。
「全く、お父さんは……。」
”ボク不機嫌です”と表情全てが物語り。
口では決して言わないが、まだ父親に対して甘えたい気配を漂わせている。
商人、という区切りの内側だからこそ。
この二人は親子関係が成立しているのだろうし。
それに気付けてしまうくらい、以前から達観している俺もどうかと思うが。
「あ、綺麗な刀。」
「…………髪、飾り。」
同行している内、二人はふらふらと商品に近寄っては眺め。
また別の物を手に取って、馴染むかを確かめているように見える。
で、残りもう一人は何処にいるのかと言えば。
「おい雌猫店員。」
「なぁにかおっしゃいましたか、蝙蝠娘様。」
さっきから店のカウンターの内側に入り込んで武具の在庫を見ている。
苦笑しながらそれを許可している時点で、親父さんも相当に懐が深いと思う。
と言うかお前等、互いの呼び方少しくらい落ち着かせろ。
「他に双刀は無いのかや。」
「お客様にみせられるのは無いですかねぇ。」
なんじゃとー、と叫ぶ白に。
なんですかぁー、と叫び返す紫雨。
相対距離はジリジリと近付いている。
……。
「アレ放っといていいですかね?」
「好きにさせとけ。 姉妹喧嘩みたいなもんだろ。」
二人に聞こえないように小声で呟けば。
それに乗って、親父さんも小声で応じる。
今変に介入すると面倒になる、というのは多分何方も同じ認識らしい。
これ幸いと、聞けば不機嫌になるようなことに関しても相談してみる。
「そういえば紫苑さんはどうしたんですか?」
「紫苑か? 彼奴なら仲介所に出向いてる。」
……あっちゃぁ、またすれ違いか。
「なんだ、紫雨より紫苑のほうが好みか?」
「そういう下世話な話じゃなくてですね……。」
というか自分の娘をそういう扱いするってのも凄いな。
至極真面目な顔で阿呆な事を聞いてきたので軽く返す。
……いや、どっちが好みかって言えば現時点で綺麗に成長してる紫苑さんだけど。
「もう少ししたら紫雨も似たように成長しはじめるさ。 蓮月もそうだった。」
「ああもう、話戻しますよ?」
蓮月、というのが旦那さんの奥さんに当たる人。
手紙でしかやり取りをしたことがないが、今は霊峰の麓の街で店を切り盛りしているらしい。
日ノ本の中央に位置するだけあって、かなり活発とした街だからかなり気にはなってる場所。
「実は、紫苑さんに相談したいことがあるんですよね……。」
「……紫苑に、か?」
紫苑さん。
紫雨の姉だが……全体的に出ているところが出ていて、それでいて引き締まっている人。
今はこの家業を継ぐために彼方此方に挨拶回りを兼ねた勉強中とか。
親父さんから居合も学んでいる、色んな意味で旦那さんが苦労しそうな女傑。
そして、奇妙な程に鋭い勘を持ち合わせる人。
大雑把な方向性しか分からないらしいが、その正解率は驚異の百パーセント。
それを知る俺からの、彼女への相談……眉を顰めるには十二分な内容だろう。
「ええ。 ……ちょっと俺一人で抱えるには難しいんですけど、どうしたものかと。」
つい一刻程前に見たような気がする、アレに関して。
今日此処に来るつもりだった時に見えたのは、何らかの繋がりが見える気がする。
「ふぅむ。 まあ、俺を同席させてくれるなら構わんぞ。」
「へ?」
親父さんを?
一度見上げれば、何を当たり前のことを……と、見返してくる。
唯でさえ忙しい人に迷惑は、と言いかけて。
「あの時に娘を助けられた恩はそれこそ山のように積もってる。
その寸分の一くらいは返させてくれや。」
な、と肩を一度強く叩かれ。
――――はい、としか。
返せなくなっていた。
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