032/発見


つい先程――――とは言ってもほんの数刻前。

踏み込んだ神社には何があるのか、全くと言っていいほど分かっていない。


既に日は沈みかけ、森の中に朱と黒が交わる時間帯。

神社の中では中々時間を把握することは難しくとも。

こうしてみれば、はっきりと貴重な時間の消費が感じ取れてしまう。


(余り時間に余裕があるわけでもなし……白達も恐らく戻り始めてるはず。)


何も分かっていない場所での夜間行動が下策というのは誰でも分かる。

だからこそ、森の中を調べるにしろ余裕を持って戻るはず。

本格的に行動を開始するのなら、近隣に詳しい灯花を引き連れる。

恐らくは今日取るとして……薪として用いられる枯れ木の回収と周囲の調査くらいか。

何処まで行うのか、それはもう本人達にしか分からない。


(とっとと動き出すか。)


はぁ、と息を吐いて周囲を再度見回す。

音がしないことからある程度予想はしていたが、追い掛けられた影……抹消者は見当たらず。

出現条件等もなにかあるのかね、と検討するだけに留める。


(……取り急ぎ気になるのは、あの辺か?)


右手側、回ってきた方向……出っ張りが視界を阻害するのでその正面から改めて入り口を見る。


壊れた手水鉢からは濁った水が時々垂れ落ち、小さな水溜りを入口側に作っている。

左手側には掲示板のような、何も存在しない樹の板が数枚立ち。


更にその奥側には小さな建物……本来ならば本殿に立ち入る前に客が寄る場所。

元の世界ならば御守りや御神籤等を販売する場所。

そしてこの世界では、本殿に立ち寄る相手を確認する受付のような役割を持つ場所が静かに佇む。


その対称側の建物には、特に目立つものもない。

倉庫……或いは保管庫に近いものなのだろうか。


何処から進むか、とほんの少しだけ考え。

何かが残されている可能性が高そうな受付側へ回ることにした。

もう片方の建物は明日にでも灯花に聞くことにする。


ざくり、がさり。

落ちた葉が積もり、枯れ葉と化した参道沿い。

元は何かが掲示されていたのだろう木の板へと目線を向ければ。

日によって掻き消え、けれども微かに残ったのか。

右端には黒ずんだ点のようなものが幾らか残っている。


「…………ん、ん……『周知』、か?」


指先で残った跡を追い掛け、恐らくはそう書かれた文面を読む。

最初は紙でも張ってあったのかと思ったがそうでもなし。

板に直接殴り書きをしたような形だからこそ、こうして読み取れるのだろうと考え直す。


ただそれ以上は何も読み取れない。

いや、正確に言えば塗り潰されてしまっている。

それは立板にこびりついてしまった赤褐色が原因で。

見るからに飛び散った跡と、擦り付けるように上から下へと引かれ落ちた形跡が見える。


(……この目の前で誰かが死んだ? 何かを伝えようとしたのか?)


ただ、足下には何も残っていない。

地面に残滓が全て吸われた結果なのか。

それとも何かが掃除した結果なのか。


幾つも考えは浮かぶが、そんな中で唯一確実な事象。

神社という本来清められて当然の場所で出血沙汰が過去にも起きていたという事。


他に何かが残っていないか、と改めて受付の建物へと向かいぐるりと一周。

裏側に扉が見えるが、鍵が掛かっているのか内側から何かが引っ掛かっているのか開かず。

表側、顔を合わせる場所から身を乗り出して確認できる範囲を確かめる。


「……うっへ」


そして、その場所を確かめて声を漏らす。


大人ならば先ず引っ掛かり、子供でも本来なら担当者がそんな事を阻害するから普通はしない。

だからこそ、本来なら最初に実行するのは灯花だった筈だ。

を残しておいたのが意図的ならば、という話の上でだが。


内側に残ったのは、建物の土台に染み込んだような赤褐色。

それも明らかに一人二人のモノでなく、複数人のものが染み込んでいる。

書類なんかを仕舞っていたのだろう、収納箱も散り散りに砕かれ。

唯一残って見えたのは、口が開いたままの引き出しのような場所の奥に置かれた金属製の箱。


(……嫌な予感はする。 が、調べないわけにもいかない、か。)


べちゃり、と落下しながら侵入。

箱を手元に引き寄せ、奥側の……扉へ手を掛け中に入る。

此方は特に封鎖などされておらず、普通に開き。

だからこそに警戒を強めたまま、滑り込んで再度閉め周囲を確認。


(……怪しい。 いや、怪しすぎるだろ。)


もしかするとそう感じてしまうのは俺がネジ曲がっているからかもしれないが。

外側があんな状態なのに、この部屋の状態がおかしすぎる。


特に何もなく、綺麗なまま。

本来なら休憩室のように扱われていたのだろう部屋の中は特に汚れた様子もなし。

外へ通じる扉には、一本の枕木のようなものが立て掛けられたことで封鎖されている。


先ずは、とそれを外して出入りを自由にした上で。

このまま此処に居続けるのを脳裏の何処かが拒否し、一度入口側へと戻ることにする。


ばたん、と扉の開閉音を耳に。

地面に染み込んだ跡を見て、無事に残った箱を見る。

何かしら罠は絶対にある。

が、現状放置するような選択肢を取れない。


瘴気箱の類ではない。

だからこそ、物理的な罠が無いのは一目で把握できた。


「……色々とちぐはぐ過ぎて困る」


ぼそり、と言葉を漏らしつつ。

すう、と呼吸を大きく吸い込み。


いざ。

そんな覚悟を小さく抱き、たった一人でその謎へと手を掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る