033/遺品
ぎしり、と変形した箱が引っ掛かり。
無理矢理に開けた中から何かが宙を舞う。
「ゲホ、ゴッホ!?」
鼻に漂う嫌な匂い。
埃というよりは黴に近い気がする、特有の悪臭と漂う粉。
慌てて箱を近くに置いて、片手で扇ぐように追い払った。
(箱の中に埃と黴ってなんだよ!? 湿ってんのか!?)
埃だけ、或いは黴だけならまだ分かる。
が、閉めたままその何方もが襲いかかってくるのはちょっと想定してなかった。
家探しに慣れていない、というのもあるのかもしれない。
慣れるものか、慣れて良いものなのかはまた別問題として。
顔を少しだけ背けながら箱の中へと視線を向ける。
噎せすぎて少しだけ涙が浮かびつつ、視界に入ったのは。
「……んだこれ、日誌?」
紙を組紐で束ねたような、凸凹とした表面が特徴の紙束。
雑多とした印象を受けるそれの表面に大きく筆で描かれた『神社日誌』と書かれたそれ。
崩されすぎて、というよりは書いた人物の癖が強すぎて神社名までは読み取れない。
(……そうか、そういや神社名から追っ掛けるって手もあったんだな。
焦って抜け落ちてた、か?)
それを見て思い出したのは、神社で祀る神々。
昔、神社関係を調べた時に知った事ではあるのだが……。
祭神として神社に祀られる神々の中でも主に扱われるのが主神、それ以外は配神。
そういった基本知識をゲーム内にも転用していると思われるシステム的な効果。
どの場所でも、同じ神職が同じ力を発揮できるとは限らない。
『結界』のような基本的な……塗り潰してしまうものとはまた別の、相性の問題。
自らが奉じる神々との相性問題で出力に強弱が出てしまうというだけの事。
つまり、神職系列を使うのならその神社での変動を加味して『均す』かどうかを決めるモノ。
その基準となるのが主神・配神との相性になる事を考えれば……。
と、其処まで思い当たり。
自分で自分に疑問が浮かぶ。
「……いや、気付かないというか忘れてるのもおかしい話だよ、な?」
基本中の基本、と言い切って良いような設定。
少なくとも俺が入り浸っていた掲示板とかでは基本設定として頭に叩き込むような内容。
関係性を知るには呪法陣と同様に知識が必要になるとは言え、複数に応用が利く事。
こんな大事な状況下で、完全に抜け落ちてしまうものか?
(……この場所に入る際に干渉された? いや、そもそも最初の最初に忘れさせられていた?)
何となく思うのは俺自身の欠点を突かれたのかな、という感想。
自分自身の状態を姿見や水面でしか確認できない以上、夢で断たれるまでは付いていたという事。
ならば、その頃から……と考えると今まで浮かばなかったのは辻褄が合う。
(ただ恐らく、この考えは有効って考えて良い。 分かる範囲で資料漁って……持ち帰るか。)
一つ一つ情報を手に入れ、相手の考えを潰していく。
そう思考を変えるのなら悪くはない。
考えを自分の内から目の前の紙束へと向け直し、一枚ずつ捲っていく。
『■月■日:本日参拝数3。 本社から通達あり。』
『■月■日:本日参拝数2。 特段異常無し。』
『■月■日:本日――――。』
凡そ一日に一枚を使う形で書いていったのかと思う。
変わらない出来事のように思える内容、けれどそれを積み重ねていったのだろう記録。
この一冊だけ、というわけではなく更に別の書類は何処かに眠っているのやもしれない。
そんな数々を追う中で、ふと目についた伝言が一つ。
『■月■日:本日参拝数9。 禁忌と指定された娘の移送完了。』
「……娘?」
女と書かない違和感。
母親に関しては……確かに彼女の設定を掘り起こす限り、深く定められているとも言い切れない。
この時点で全ての権限を取り上げられていたのか?
そして、此処に来る前に産んでおいて……取り上げられなかったのか?
それくらいは簡単にやる、というのがサブイベントなんかを含めた上での俺の認識なんだが。
いや、それより問題になるのは……この時点では人がまだ残っていた、ということ。
書かれた日時を見る限り、凡そ記録されたのは8年程前。
つまり灯花のことを指すとすれば、産まれたての時点で移送されてきたという事自体は正しく。
その後に急速に神社が廃れていった、ということになる。
少しだけ考えを変えるのなら、輸送を担当した神職が記録として残した可能性は無くもないが。
それならばこの記述より前に撤退の旨を記した文面が無くてはおかしい。
一度頭に戻り、斜め読みをしてみるが特に記載はなく淡々と進み。
元あった場所まで戻り、もう少しだけ話を進めた先。
『■月■日:』
凡そ記述が続くこと一年。
唐突に記述が途切れ、それ以降は記載が無くなっている。
その前日には、目立つ内容は…………。
『■月■日:本日参拝数0。 森の中で奇妙な鳴き声が聞こえるとの報告あり。』
……いや、あったな。
つまり妖、或いはあの影がこの神社で暮らしていた監視者(か神職)を襲ったという事か。
多分監視、ということは定期的に連絡を本社側に送っていたはず。
それが途切れたのを契機に……そう考えれば割と納得がいく。
「結構大事になりそうか……」
これは持ち込むことにする。
御母上様に聞きたいことがまた一つ増えた。
まぁ、まず九割九分無いとは思うんだが……御母上様に憑依している可能性も捨てきれない。
正直こんな場所でたった一人生活できていると考えるほうが奇跡なんだし。
そうぶつぶつと呟きながらに、日が完全に森の影に沈んだ神社を見回す。
そろそろ本殿側に戻ることにしよう。
入ってきたときと同様に、受付側から無理矢理身体を滑らす。
……休憩室側に向かわなかったのは、単純な話で。
日が沈んだ後、どんどんと寒気と吐き気が増してきたから。
(呪われてるじゃねーかよ……)
もう踏み込みたくない。
霊能力者とも呼ばれることがある俺達ではあるが――――得意不得意はまあ、あることなので。
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