023/禁忌


「とうかも、一度しか行ったことはないのですが。」


出られないとはどういう状態だったのか。

彼女の目線でしか分からないが……周囲を彷徨う怪物(恐らく鵺だろう)を通り抜け。

目で分かる境目に触れた所で、弾かれるように衝撃が走ったのだと。

不思議に思い、その周囲で何度繰り返しても同じで。


何故なのか、母上に確認しても返る言葉は『私達が禁忌を冒したから』と泣くだけで。

その呪いか何かは、最低でも親の元から巣立つまでは続くのだろう、と聞いたという。

だからこその『成人』判断。


以後、そんな話を持ち出せば必ず泣き出すし体調を崩す。

口には出せず、生活しながら――――飢えながら暮らしていくのが精一杯だった、と。

手を振り身振り、行動で大変さをアピールしているのを何処か冷めた目で見ていた。


(二重に伝聞だからはっきりしないが……ええっと?)


話が彼方此方に飛んだりで把握するのが難しい。

話し慣れていない人間特有の、終着点が見えずに兎に角話しまくる状態に近いのを何とか解読。

少女……一人称もその通りだし、『灯花』と呼ぶとして。

彼女が口にする話を整理すると以下の通りになる。


・何らかの理由があって出ようと、あの森の中……もう少し言うなら龍脈の外に出ようとした。

・ただ弾かれ、外に出ることは出来なかった。 周囲も同様。

・何かを知っていると思われる母親に確認した所、『禁忌を冒したから』封じられてると説明。

・その期限は『はっきりしてはいないが親元から巣立つ妥当年齢まで続く』らしい。

・以後は聞けば泣く・体調を崩したりすることもあり不明。


……こう、か?

まあ出られなくなっていた、というのはいい。

条件付で出入りを禁じるなんてのは結界系列で良く有るもんだし。

問題はその条件の解除が曖昧なことと、当人が冒したわけでもない禁忌についてか。


「その……母上様が何をしたのか、は教えられてないんだよな?」

「はい。 まだダメ、の一言で。」


しゅん、とするその姿は年頃のというよりは幼すぎる。

ある意味で伽月と同じように、周囲との出会いが無さすぎる影響なのだろうけど。

喜怒哀楽が非常にはっきりしているのに、自分の「女」を守ろうとしない。

本来周囲の大人が教え込んで然るべき、それか周囲から勝手に学ぶ部分。

だからこそこんなに無防備なんだろうなぁ。


「……実際、その弾かれるっていうのはお前だけなのか?」

「わかりません。 でも、多分……お母様は間違いなくそうなると思います。」


だよな。

……禁忌、俺が知るままの背景を持つのならまあ理由は分かる。

半分ずつとは言え、同じ血を持つ兄妹の間の子供。

つまりその実行者と、血を引いた人物。

何方もそう呼ばれてもおかしくはないはずなんだが、純粋に疑問が更に二つ。


誰がその行為を禁忌と定めて、判断したのか。

そして俺にも禁忌と名付けられた能力が存在すること。

その理論で行くなら父上か実の親が似たような行為に及び、その結果俺が生まれたことになる。

……敢えて伏せてるのか? 分からん。


(後で直接父上に聞こう。 話して下さるかは微妙だが。)


下手すると俺も直ぐには出られないかも、という覚悟を決めながら。

質問を重ねることにする。


「なら出る手段を知ってるのは灯花の御母上くらい、ってことか」

「そう、なりますね。 灯花も暮らすので精一杯だったので……。」


飢餓と豊満。

明らかな矛盾について自分から口にした。

なら、次は其処か。


「なら次だ。 ……その、はっきり言うのも変な話なんだが。

 今の灯花は胸とかのしっかりしてる部分と腹部のように若干飢餓が見えるのと。

 普通じゃ有り得ない状態に見受けられる。 これについては何でだ?」


これですか、と自分の腹……隠れていない、臍の辺りと胸を無意識に両手で覆いながら。

笑っていない笑顔で、言葉を発する。


結果、らしいです。」

「は? 呪われた?」


……こんな場所で?

何に、と言われて浮かぶものは……。


「さっきの話とも繋がるんですけど……成人になるまでは閉じ込められ。

 その後でどう生きて行くのか、って話ですね。

 何の訓練も、何の知識も持たないままで放り出されるのを面白おかしく見るための味付とか。」


灯花は良く分かっていませんけれど、と言っているが……無意識化に察してはいそうな言葉。


見た目だけは美人で、その他の技術や知識を何も持たない人間をたった一人放流すればどうなるか。

運が良かろうと悪かろうと、客商売……しかなくなる。


尊ばれる血縁なんて存在は無視されて。

唯の一個人として、世界に広められるための母体として放流する。

その為に意図して外見を良く調整された――――ということか。

出来るか出来ないのかを問い掛けるのは無駄だな、もう出来てしまっている。


「救い出しに超能力者達とか来なかったのか?」


思い浮かべるのは、転がっていた骨。

ただ、その救い出す当人が抜け出せないのなら文字通りの無駄骨だが。


「……こなかった、訳じゃないです。」


でも。

一度、小さく溜めた。


「だれも、嘘を付いていました。

 灯花達を、玩具にしようとしていたと思います。

 そもそも、辿り着ける人もそう多くはありませんでしたし。

 ……それに。」


彼女の横に置かれた背負袋の内、封じられた一つを取り目の前に置いた。

そしてその中身を見せるように口を切れば、何かが発酵した時のような異臭が微かに漂う。

思わず鼻を抑え、匂いを飛ばす。


「……これは、十日程前に見つけた物品です。」

「……十日?」


俺も、白も。

袋の中身を見て疑問を浮かべる。

旅をする上での食料や薬などが詰まっているのは見える。

だが、これらは基本的に消費期限も月単位で持つ。

こんな異臭を漂わせ始めるのは……それこそ何ヶ月か経った後でもなければ有り得ない。


「どういう基準なのかはわからないんですけど。」


ここでは。

灯花達の持ち物以外は、奇妙な程に早く風化してしまうんです、と。

だから、嫌でも早く行動することを強いられて。

行動の選択を間違えて、躯を土に返していった、と。

乾いた言葉を口にして、その内容に頬を引き攣らせるように見せる他無かった。


――――風化の、呪い?

――――美化の、呪い?


そんなもん。

彼女に干渉している相手は、人ではない。

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