077/天雷


身体中から力が抜け。

けれど、擦り抜けてきた刃の幾つもが俺の生命そのものを狙っている。


『加護を与えし神よ。 全てを司る、名すらも伝わらぬ秘されし神よ。』


だから、無理に起き上がることは諦めて。

そのまま後ろに転がるように、木々に身体が当たっては跳ね上がるように。

けれど決して止まることはなく。

ゴロゴロと、惨めな形で距離を取ろうとした。


(思ったより、辛い、な!)


そんな事を思いながら。

既にこの戦闘中に幾度も耳にし。

この数年間で聞き慣れてしまった呪詩……起動鍵の始まりの言葉を耳にする。


『贄を捧げる。 神力しんりょくを以て、全てを祓うその意志を。』


地面から飛び出す、串刺しにしようとする意思だけが見える攻撃。

つい先程までは全体に向いていた殺意が俺へと凝縮し。

確実に殺そう、という。

何処か浮かんでいた筈の、余裕という思考の猶予リソースを奪うことには成功したらしい。


吐きそうになる気分を無理矢理に飲み下し。

攻撃全てが俺へと向く、本来は防御役がやるべき仕事を俺が擬似的に行ったからこそ。

それ以外へと向ける意識は、戦闘の開始時と比べて見る影もない。


だからこそ。


「――――シッ!」


後詰のような形で詰めていた、本来だったらそちらに意識が向くはずだった伽月の接近。


鞘に刀を納め、そして抜刀術のように滑らせることで擬似的に威力を増強したのか。

近くの木々さえも巻き込んで複数の銀閃が走り、次の瞬間に崩れ落ちる。


『堕ちよ神罰。 私の父と母と、始まりの存在に於いて命ず。』


『――――、――――――――――――!!!!!』


本来の発動文を背後に響く音楽BGMのように感じながら。

悲鳴を合いの手とするように、振り抜いた刃をそのままに。

俺と同じように崩れ落ちそうになる身体を無理に動かし、その場から飛び去るのが見えた。


浮かび上がり始めていた影の刃――――そして穿ち、残ったもう片方の腕。

先程までは硬質性の高音を鳴り響かせていた筈の肌は、見るも無惨に斬線が残ってしまっている。


(肌の防御性が落ちてる……いや、のか!?)


俺が使った固有技は、自身の生命力を爆発と変えるような形で発現した。

一定の期間使わないことで威力を最大限に高め、更に使わないことで消耗を下げる。

一つの戦闘で連打することをほぼ考えず、ある一定を経過すればそれを連打するだけで事足りる。

そんな相反した性能を示すことで、本来の俺では取得も使用も出来ないだろうモノを成立させた訳だ。


要するに……極めて単純な高火力でゴリ押す、そんな固有術技。


其れに対し、今の伽月の攻撃。

威力は到底劣化固有術技カーテンコールには及ばないだろうに、相手に与え得る影響は似たりよったり。


使用する術技自体は普段と変わらないモノなのに、その使い方自体が切り替わり始めている。

防御性能の低減なのか、或いは貫通性能を秘めた一撃なのか。

それ自体は担い手に聞かねば分からないけれど、明らかに今までの『乱撃』ではない。


つまり……


以前に彼女から確認していた、流派の技術とはまた違った術理の元の戦闘技術。

抜き身のままで大多数を打ち払う技術ではなく、刃を納めた状態で単一を薙ぎ払う技術。

対雑魚向け、対複数向けの技術でなく対単体、対強敵用の荒業。

今までに見かけたこともない法則の元、扱われているものだから。

やはりどうしても、普段に比べて粗さが見えはするけれど。


(多分、ついさっきの固有展開を自分なりに噛み砕いて落とし込んだんだろ……これ)


だん、と地面を叩いて後方に大きく飛び。

リーフの展開する呪法、大型の盾の背後まで大立ち回りを行った上で膝が崩れる。

慌てるように頭から掛けられる治療薬、外傷を癒やす薬ではあるが体力もそれなりに回復し。

礼を告げるのだが、文句を延々と叫ばれてしまって馬耳東風とばかりに聞き流す。


今は、少なくとも。

戦闘の方向性を決める契機だからこそ、一瞬たりとも目を離す訳にはいかなかった。


『眠りの中で、微睡みの中で。 我等へ運命を齎せし悪意よ、地に伏せよ。』


詠唱を繋げた言葉接続

恐らくは自身の感情の爆発を込めることで、本来の法則ルールを捻じ曲げ。

呪詩として登録・設定を必要とする言霊をその場で生成し。

効果範囲や威力、殺意を変換ちょうせいしているのだろう。


がりがり、と削るような物音。

ばきり、と罅が入る物音。


呪法で成立した盾に幾つもの刃が突き刺さり、けれど其れを打ち崩せず。

物質から現象へと戻されるのを見ながら。

相手が強敵であることを踏まえ、最後の一行動くらいは行えるのを確かめ。

助かった、と言葉を残して。

後衛の誰へも干渉できるような立ち位置へと足を進める。


『汝の主として、我は命じる。 運命の悪神よ、その全てを禊ぎ祓え。』


悲鳴が聞こえる。

高音が聞こえる。

せめて誰か一人でも、と声がする。


『契約者を引き寄せてしまったこと、それそのものが縁の反響だったのかも知れないね?』


誰かに縋るような声ではない。

罪を認めるような声でもない。

そうすることが当然なのだと、その声は告げていた。


『何かをすれば、何かを支払う。 或いは――――今までの犠牲者の、神への願いの結晶か』


薄ぼやけた、実体を持たないかのような状態で。

同類を見る神の目線は、何処か冷めていた。


『こう』と定められてしまった神の持つ権能。

黒闇天が持ち得るモノ、他の国から流入し名を変えられた神。

故に、それは当然なのだろうけれど――――。


『天雷よ、豊穣であり裁きの名を関する天よりの剣よ。』


人の側からすれば。

犠牲となり、贄となった能力者たちからすれば。

本来の歴史、本来の流れの俺達からするのなら。


(何を言おうと、同じ言葉で返すだけだ)


四方八方から再びに。

自らを消し去るだけの威力を秘める、最後の一人に攻撃が及ぶ。


半ば意味を成さない、殺傷力を秘めた先端が黒焦げた武器を用いて弾き、防ぎ。

恐らくはそうするだろう、と読んでいた行動の最後の最後を妨害する。


稼げた時間は、精々数秒に足りるかどうか。

体力的にも、武具的にも。

どれもが正しく満ち足りていないからこそ、足掻く程度しかできず。


『炎雷の名を関し――――討ち滅ぼせ。』


ただ、その数秒で。

その言霊は成立し、儀式の形を為した。


「『太陽神の裁き:討滅の呪詩レ■■■■■■:スルト』!」


詠唱の名は成立し。

そして、儀式の形が完成したことで。

裁きの刃が降り注ぐ。


龍脈から抽出されたのだろう、木の属性がうねりを上げる。

其れを焚べ、火の属性が強度を高める。


地面から立ち上るような焦げ臭い匂い。

天から漂う、僅かに湿った独特の香り。


それらが天地何方の属性をも秘めながら。

足掻こうとする、俺達を除いた影をも呑み込みながら包み込んでいく。


「これ、は……?」


ぽつり、と。

遙か先、伽月の身を守っていたのだろう白の声が聞こえた。


幾度も落ちた雷鎚、破壊という意味合いだけを抽出したような呪法ではなく。

恐らくは効果範囲と威力だけを突き詰め、対象を選択し。

その代償に霊力と詠唱時間を費やすことになった改変呪法。


其れを読み取れてしまうのもまた、目に映るものの数値変化を読み取れるからであり。

重なるように映る気がする、幾つもの可能性が一つの結末以外を映し出さない。


ぴん、と。

蜘蛛の糸が天から伸び。

それが、


あ、と。

口にしたのは、灯花だったのだろうか。


見える筈がないものが見えたような、そんな言葉。

内側に神を内包しなければならない、空っぽな少女の零した小さな呟き。


其れと同時に――――光球と化した、雷霆の空間は。

唯、全てを塗り潰す白で埋め尽くされた。

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