008/飛縁魔
月が、中天に浮かぶ頃。
本来ならとうに寝ている――――或いは真逆に起きる訓練をしている時刻。
既に人の時間ではなく、妖の時間となっている世界。
(やっぱり、『月』の影響か?)
或いは霊能力者としての第一歩を踏み出したからか。
普段よりも……それこそ、日中よりも息がしやすい。
体の隅々にまで神経が行き渡り、細かい動作だって簡単に出来てしまいそう。
父上は僅かな筵の上で藁に包まれ目を閉じているはずだ。
これ以上は関与しない、とでも言いたげに。
家よりも倉庫の方が厳重に護られた、逆転した我が家へと一度目をやり。
改めて人の形を保った符を掌の上で見つめる。
(……俺の、初めての式。)
飛縁魔。
一言で説明してしまうなら、東洋……日ノ本に於ける吸血鬼の亜種。
本来は飛炎魔などとも言われるように、五行に於ける『火』の属性を強く持つ妖。
このゲームでは空を飛び、血や精気を吸い取る美少女の形をしていると定義される。
無論種族的に『火』……つまりは水系列の呪法を弱点とする妖ではあるが。
最も恐ろしいところは『魅了』*1に近い能力を種族特徴として持つ所にある。
『混乱』*2の上位であり、これを使用し始めるのが飛縁魔ということもあり。
使われていたら確実に俺は死んでいた、と思っている。
ただ、それが手元にいる。
少しだけ震えを感じ、それを抑え込む。
多分、これは。
今になって感じる強い達成感なのだと。
普段感じることのないモノに身を任せることはなく。
(――――よし、やるか。)
ちりちりと焼かれるような興奮が背筋を焼きながら。
右手で強く、符に触れて霊力を注ぎ込む。
『我が式よ。』
脳内に浮かぶ言葉。
何かが決定的に変わってしまった、俺の体内から。
必要なものだけを引き摺り出す。
『我が呼び声に答えよ。』
呼び出すのに必要な言霊。
符から呪法を放つのに必要な霊力。
そして、それらを扱うだけの器。
『――――契約を、執行する。』
それらを強く認識し、最後の言葉を口にすれば。
式神符が五つに千切れ飛ぶ。
木火土金水。
古くから伝わる五行思想を表すように、五芒星を宙に描く。
木生火。 木に当たる部分が強く輝き、火の力を増し。
水剋火。 水に当たる部分が光を弱め、火の力が更に増す。
火剋金。 金に当たる部分が姿を消し、火のみが周囲を一瞬埋め尽くす。
眼の前を覆い尽くす赤い光。
けれど、その奥に確実に何かがいるのを俺自身が認識している。
目を離さず。
脚元を緩めず。
未だ齢五つに過ぎない小さい体で、その先を見据え続ける。
「…………まさかまさか、と言うべきなんじゃろうなぁ。」
とっ、と地面に降り立つ軽い音。
聞こえる声は幼いのに、口調はまるで老人で。
妖の成り立ちからして
ちぐはぐとした違和感を小さく感じる。
「……話せるんだな。」
「こうして式と為ったから、の。」
少しだけ、影が映って見える。
俺よりも姿形は多少大きく。
けれど常に見上げる事を必要とするほどではない高さ。
そして、その言葉から感じる自分への嘲笑感。
自分を鼓舞する意味を込めて、強い口調を心掛け。
「随分と……自分に自信がないんだな。」
「遥か昔に封じられ、解放されたと思えば相手は童に過ぎぬ。
――――
眼光が、姿が、その姿が。
光の奥から差して見えた。
黄色の瞳。
白い呉服にワンポイントの蒼一筆。
背筋の中程から微かに見える、蝙蝠のような羽根が二つ。
そして、服にも負けない真白い、肩口程で整えられた髪。
それらを揃えて浮かんだのは、ゲームで好きだった一人のキャラクター。
出会う元は遊郭の禿。
水揚げ、身請け、そして拠点の管理へと。
霊能力を持たない存在だったからこそ、影に日向に主人公を支えることが出来たヒロインの一人。
――――そして、金銭が不足すれば夜の世界へと只管に転がり落ちていく少女。
「飛縁魔、此処に。 ――――汝が、吾の主じゃな?」
「……ああ、そうだ。」
話し方はまるきり別で。
けれど、その立ち居振る舞いと在り方はそっくりで。
存在を同一視するのは悪いと思っていながらも。
「名を。」
飛縁魔は、種族の名前に過ぎない。
だからこそ、式となった妖は自己を求める。
けれど、それを行うかは主の判断に任せられる。
行えば、仲間として自己を確立し。
行わなければ、いつかは夜の世界に溶けていく。
陰陽師ビルド*3は好まなかった俺だから。
名付けは、極限られた数しか付けられないと分かっていながら。
行わない選択肢は、存在しない。
見下ろす視線に目線を合わせる。
一瞬だけ目を閉じて、彼女へと小さく頭を下げる。
名前を借りる、と。
自己満足に過ぎない、そして彼女に纏わる一幕を思い返しながら。
「『
俺の、生涯を共にするだろう式へ名を付けた。
*1:上位バッド・ステータス。 相手に有利な行動のみを取るようになる。
*2:下位バッド・ステータス。 行動がランダムに変化する。
*3:多数の式を使い捨て入れ替えていく
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