007/父親


足元に落ちた式の符を拾い上げる。

はぁ、と出る深い溜め息と合わせて脚が崩れ掛かり。

肩を抑えられ、何とか倒れ込むのを防ぎ切った。


「……見届けた。 これでお前もだ、はじめ。」


気付けば父上が直ぐ傍まで近付いていたらしい。

その片目には、優しさに近い物を感じていた。


「……あ……とう……ご……。」


礼をしようにも言葉が言葉にならない。

口から発した言霊としての疲労が喉へ。

脆弱化の呪いの反動か、身体中への疲労が脚に一気に襲いかかったように。


「良い。 能力を行使し始めた最初はそうなるものだ。」


、その行動を労ってくれた。

……なんとなく、「俺」とこの身体の持ち主。

自然と意識が一体化しているというか、記憶を継承しているというか。

本来有り得ない状態であるのは嫌でも知れた。


……公式は「かくゆめ」に周回プレイとかいう甘えたモノ仕込んでこなかったしな。

クリア後はクリア後で追加ダンジョンが山程出てきて幾らでも育成できたけど。

死んだヒロインは当然死んだままだから余計に酷い目見るんだよなぁ……。

だからこそまた初めからプレイして、その度に微妙に足りなくて絶叫して。

その繰り返しで泥沼に嵌っていくんだ。


「それで、瘴気のはどうだ?」


深い深い、苦み走った声色の囁き声。

そう言われれば少しずつ集めているような気がする。

声を掛けられるまで気付けないだけ疲弊していると、改めて気付かされる。


瘴気の吸収レベルアップ

正確には、自身が使用した霊力で倒した妖を構成していた瘴気を集める。

自身の霊力と大気中に残る残滓が合わさることで、自身達にのみ集められる物へと変化する。

その混ざり合う許容限界があるから、一つの部隊としての上限が決まっている。

そんなどうでもいい細かい設定をふと思い出し。


息を吸う度に、のを理解する。

使った部分を癒やし、更に強化する。

筋肉の超回復にも似ている成長システムでもあり。

使わない限りは段階変化後の余り部分フリーポイントとしての成長でしか望めないとも言える。

だから、最初からある程度の方向性は見据える必要性があり。

その変化を一つ踏み出したのだろうレベルが上がったのだろう、と無意識のところで確信していた。*1


「……はい。 すこ……け、よく………………ました。」


先程よりは伝えやすくなってき始めた喉。

実時間としても数分は掛かりそうだ。

……治癒呪法系ならこの辺りの時間を短縮できるんだろうけど。

その使い手なんて、始まったばかりじゃ……開始時点じゃ望めるものでもないだろう。


(……実際、最初は攻撃偏重の方が楽だもんなぁ。)


回復は道具でゴリ押しして、最低限の戦力と武具防具を確保する。

その上で仲間を集める際に必ずと言っていい程発生するやつ。

……悲惨な末路バッドエンドに結びつけてきやがるイベントを攻略する。

大体は負けイベントが起こったり、規定ターン以内の突破が必要だったり。

攻略条件を求めてくるから、事前に準備はしすぎて困らない。

開始時間の足切りも簡単に仕込んできやがるけど。


「そのようだ。 ……ところで、朔。」

「……い。」

「お前の式はいつ呼び出すつもりだ?」


手の内に有る人形符へ目線を落としながらの問い掛け。

……一度召喚してしまえばこの符は俺の霊力へと戻る。

そして次に見ることが出来るのは、契約を解除した時だけ。

だからこそ、少しだけ感慨が残っていたのもまた事実。

ただ、そんなことより。


「……今日の、夜。」


――――深夜帯。

今が……日が暮れ始めたくらいか。

改めて太陽すら確認できていなかったと思い。

流されすぎてるな、と自分を戒める。


茅葺屋根という事もあり、最初も最初は電気による灯りも無い。

確か都会では普及も大分進んでいたと記憶しているが。

こんな田舎。

『里』とだけ呼ばれる、最序盤にだけ拠点と出来る場所には存在しない。


だからこそ。

『月』の……妖の根源足る、夜の闇の中での召喚は俺の助けとなる筈だ。


(……飛縁魔。 俺の、式。)


ぎゅっと符を握りしめて。

内側から微かに感じる、何か言いたげな高い声と。

上から感じる、目線だけで分かる優しさの中に。

少しだけ、微睡んでいた。



*1:レベルが上がったかどうかは当人しか確かめられない。最終的には『写し鏡の呪法』で見るのが確実。

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