040/朱け
階段を登った先。
幾つかの荷物が壁沿いに置かれた一室。
少しだけ広げられた、部屋の中央。
「……ぁ。」
静かに佇む。
昨晩と同じカードを握る、蒼髪の少女がそこにいた。
「そろそろ帰るから挨拶しに来たよ、リーフ。」
「そういう訳だ。」
まずは用件を先に伝える。
言っておかなければ、昨日と同じように大事なことだけを伝え忘れそうで怖くて。
「色々ルイスさんにも、リーフにも世話になった。」
「…………いえ、それは、私の……方、です。」
話し方まではどうにもならなかったようで。
けれど、目に宿る力が何処か違う。
諦観的な色は姿を消して。
どこか真っ直ぐに物事を見ている、そんな色合い。
「……もし、二人に会えて、無かったら……って、思うと。
ちょっと、怖いです。」
小さく微笑みながら、口遊む。
やはり、彼女は覚えている。
その上で、自分なりに結論を導き出している。
だから、一回誤魔化すように言葉を挟んでみることにした。
「いやぁ……それは言いすぎじゃないか?」
「……忘れません。 昨日……言って、くれたこと。」
けれど、返る言葉はそのまま。
誤魔化せない、というのは少しだけ恥ずかしいんだが。
唯、これ以上話をまともにしないのは彼女にとって失礼だとも思った。
白は、何も言わない。
「……だから、聞いて……くれます、か?」
「何を?」
そうして問われたのは、彼女自身の覚悟を聞いて欲しいとの言葉。
だから、それは何かと聞き返し。
「……私、もっと……強く、なります。
自分で、自分を……他の誰かを、助けられる、くらいに。」
「……ああ。」
「……でも。 今、一人じゃ……何も、出来ません。」
それもまた、事実。
占いの有効度自体がどれ程かは分からないが、戦闘中に使えばランダム要素しか引き起こさず。
それ以外で使った時の信頼を、今の俺は持っていない。
恐らく彼女自身はそれに対し、ある種の確信を持って実行できているのだろうけど。
そして――――あの時は強さのみを見ていたが。
神々の名の付いた、西洋由来の特殊呪法。
威力はお墨付きで、恐らくは範囲全体に被害を及ぼす最終兵器。
ただ問題は、詠唱速度の短縮手段として呪符を用いることが出来ないという点。
短縮詠唱*1などを組み込むのかどうなのか。
周辺被害などを考えれば、彼女自身の認識は間違っていない。
「私は、私の……出来ることを、します。」
ただ。
「直ぐには……難しいかも、しれません。」
その程度で諦めるなら、彼女は此処に立っていない。
自分と折り合いをつけ、能力に折り合いを付け。
へし折られ、それでも立つからこそ霊能力者。
月夜の果てに消えるまでは――――何があっても、負けではないのだから。
それが救いとなってしまう事象を、除けば。
「でも――――貴方と、一緒に歩いて行かせて、ください。」
それが、彼女の願いだった。
その場にいたのはたったの三人。
けれど、何かを為すには十分な数。
「それが、どういうことか分かってるんだよね。」
「……分かっている、つもり、です。」
――――その意思を、確認する。
ただそうしなければいけない、という義務感だけでは何処かで折れる。
苦しみ、迷い、力及ばず。
そういった苦難さえも楽しめるからこそ、能力者は部隊として共に在る事が出来る。
「……まだ、俺も自由に何かが出来るわけじゃない。」
「……はい。」
許可を出されなければ何も出来ない、一人の子供に過ぎない。
力を持ち、それを管理出来るとしても。
感情任せになってしまう子供に過ぎない。
「……だけど、出来る限り会いに来る。」
「……はい。」
其処から逃れるまでに必要なものは、未だ分からない。
ゲームの時と今の状態。
前提条件さえも変わっていそうな、そんな謎に包まれている。
「だから……俺からも言う。 待ってて、くれるのか?」
「……お婆ちゃんに、なるまでに。 迎えに来て、下さいね。」
ただ。
「仲間」を得てしまった以上は。
こうして、俺自身から言い出すはずだった言葉を口にされてしまったのなら。
「……なんだか、告白みたいだな。」
「そう取ってもらって、良い、ですよ?」
俺の知識と、経験と、縁と。
全てを以て――――頑張るしか、無くなるじゃないか。
その笑みは。
この数日見てきた、彼女の中で。
最も綺麗な、笑い顔だった。
*
それは誓いで。
それは願いで。
それは
今はまだ、何も為せない少女が一人。
それは確信で。
それは偶然で。
それは
今はまだ、動くに足りない少年が一人。
それは願いで。
それは目的で。
それは
今既に、自身の在り方を定めている式が一人。
三人が揃い。
偶然とは言え、感情を交わしあった少し後。
それから。
本編の物語は、幕を上げる。
*
<Chapter1/知らない場所と、良く知る世界>:End
↓
Next:<Chapter2/宵の明星、刀刃振るう黒き修羅>
*1:威力を落とす代わりに詠唱速度を短縮・早期発動できるようにする派生能力。
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