054/思兼


末広がり、無数を意味する”八”。

意識、考えを意味する”意”。

それらの思いを兼ねる、転じて多数の知識を持つ存在として名付けられた神。


けれど、その有名過ぎる側面とは裏腹に冥府の一柱としては殆ど知られていない。

海の果て、見知らぬ場所にあると信じられた常世の国。

不老不死を願う人々の思いが重なった、死者達の国に存在する神として。

長寿や幸福を招くと崇められたのがオモイカネ。


そんな一般常識……と呼ぶにはやや深い知識を思い出しつつ。

想像するのは、『馬鹿じゃないのか!?』という感想。


神々の知識を持たない存在が間違えて呼んでしまった、ならまぁまだ分かる。

ただ今回はある程度狙って神を降ろしているはずだ。

知識を優先したのか、不老不死という言葉に惹かれたのかはもう今となっては知らない。

だが、常世に住まう存在が現世の人間を苦しめる相手に幸福を与えるのだろうか。


完全に支配している、立ち位置が上からの命令ならば兎も角。

そもそも器としても不適応な相手を用いた上でこうなっているのだから。

もう自業自得以外の言葉が浮かばない。


(……ただ。 そんな相手が俺の契約する神として名乗り出る、ってどうなってんだ。)


いや、まあ。

そう考える理由も、そう落ち着く理由も分かる。

それに何方にも利が生まれる答え。

相談役としては満額の回答なのは間違いない。


にも関わらず引っ掛かっているのは、俺が今契約をすると決めた場合の

もう少し正しく言葉にするなら、灯花に神を宿すことが出来ない場合の影響。

今朝方彼女にはああ言ったが、若干無理してでも強引に契約させるつもりでいた。

それが可能な余地はあるようだったし、よっぽど相性が悪い相手でなければ……と思っていた。


『どうかしたのか?』


それがこの神の思い付き一つでパァだよ。

もう少しマイナーな神様のほうが良かったわ……悩まなくて済んだ……!


(あー、えー……。 取り敢えず、こう。 開放すること自体には同意した)

『そうだな』


こんな奇妙な会話手段にも慣れた。

ひょっとするとこういう能力の基礎も得られるかもしれない……うん、それはいい。

でもなぁ。


(その流れで一つ。

 色々な思惑の被害を受けて、一人。 守護神を失う神職の濃い少女がいる。 何とかなるのか?)


下手に悩むより、もう投げてしまうことにした。


本来ならこんな事を聞く相手じゃない。

と言うより聞けるような相手じゃない。

ただ、相手が興味を示してるなら聞いたほうがいいかもしれない、と思った故。


『何とか、の方向性次第だな』

(と、言うと?)

『ワタシの知る相手ならば仲介しても良い。

 或いは呼び出すための準備も構わない……が、それを為すためにも。 分かるだろう?』


……こいつ。

このタイミングでも当然のように交渉を重ねてきやがった。


(それは、保証できるんだな?)

『しない理由こそ無い。 ……それが、汝の望みなのだろう? 宿主』


既にそういうものとして扱われている。

何でだ、俺の周りはこうも圧が強い。


がくり、と頭を下げた所で肩を叩かれそちらを向く。

伽月が入口側を指差し、向かおうと合図。

……確かに、余り此処に長居しても体調的に良いとはとても思えない。

可能なら離れてしまった方がいい、か。


(……明日、解放しに来る。 その時には決定的な情報をくれるんだろうな?)

『参考にはなると判断しているよ? ワタシの見立てが間違っていなければ、だが』


今、ひょっとして煽られたのか?

もしそうだとするなら相当に高度……と言うよりは余計な知識も身に着けてることになるが。

もしかすると、この世界の”神”とやらは――――。


(いや、余計なことか)


頭を振り、この異臭空間から脱出を開始する。

先に伽月、後に俺。

じっと、オモイカネが俺を見ているような気もしたが無視して扉へ。


出来る限り短時間で開け、閉め。

そしてそのまま階段まで移動する。


(ちょっと長く扉を開け過ぎた、多分この辺一帯も汚染されてるだろうな)


普通の空気と混ざり合い、薄まっていたとしても。

吐き気を催す状態異常的な香りは間違いなく漂っている。

それを一度まともに受けてしまっている以上、絶対に受け止めたくはなく。

合わせて地上にも若干量が流出してしまうことを恐れないわけではない。


(服も脱ぎ捨てて……どっかで身体洗わなきゃ匂い落ちねえよなぁ)


川辺まで行くべきか。

ただ浴びるのが俺と伽月、という男女一人ずつ。

下手に目を離したり仕切りを作ればそれはそれで問題になるし。

対策用の消臭剤でも誰かに作って貰おうか。


(ってそうだ、それこそオモイカネに聞けばよかったじゃねえか!)


やはり混乱していたのだろう。

後は焦っていた、というのも多分ある。

こうして落ち着いてみれば、ぽろぽろと見落としていたことが浮かび上がり。

頭を掻き毟りたくなるが、そんな事を出来る状態でもない。


多分、彼奴……オモイカネはその辺り一通りに気付いていた。

ただ、それを口にせず。

敢えて奇妙な会話だったり内容に意識を向かせて、考えさせないようにしていた。


理由は単純。

自身の有用さを理解させるため――――そう考えるのが最も適当。


(……間違いなく助かる存在、それは分かるが)


何故か宿す……契約を拒もうとする理由の一つは。

この辺も無意識に否定してるからじゃなかろうか、と思わなくもなく。


再び、被り物の中で溜息を吐いて。

地上の明かりが頭上に見え始めたことに、少しだけ安堵を浮かべた。

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