062/前提


朝食……最初に持ち込んでいた食料は既に大部分が消え去って。

このまま長く滞在するのは、消耗的にも精神的にも不味いということを改めて浮き彫りにした。


「……塩っ気ばっかりでいい加減飽きたのう」


「食えるだけ良いだろ……いや、俺も飽きてきたけど」


目の前の、塩味しかしない薄粥を見て溢れた言葉。

白の感情も分からなくはないが、大分それも贅沢寄りの発言だと分かっているのか。

そして何より、言いたかったけれど我慢していることを言われたのがイラッとする。


「……工夫の、仕様も……無い、ですから、ね」


「まぁ、もっとひもじい感じのは経験しておいて損しないと思うけどねー」


其処の蝙蝠娘はどうか分からないけど、とか。

余計な一言を付けたことでまた視線での争いが発生しているが無視する。


「実際、身体を作る……若しくは癒やすって意味でも長くは持たないだろうしなぁ」


「……おにいさま?」


「朔様、それは?」


木っ端の……その辺に生えてた野草を態々浄化して追加しているが。

まず間違いなく栄養的なバランスは保てるはずもなく。

本来『宿』に泊まって回復するはずの……根本的な部分での生命力や霊力。

其れ等が上限まで癒やしきれるとは到底思えない、というのも理由の一つ。


ただ、こんな知識自体も研究されてはいないのが今のこの世界だ。


何となくの経験則上で……というのは雑談会話で覗かせることもあるし。

それなりの身分以上を持つ人物であれば、家での言い伝えとして知る奴がいても良い筈なのだが。

生憎とそれに該当する仲間が一人もいないのが今の現状。


……いや、正確に言えば一人はいるか。

ただ、身分だけであって実質的に棄民みたいなもんなんだけど。

視線を向けた灯花は当然考えを理解せず、首を傾げている。


「栄養バランス……あー、とかそういう感じで捉えて貰って良いんだが。

 塩だけだとそれが偏りすぎて、体の調子を崩すんだよ」


だから本来は塩だらけの保存食も身体に良い訳がない。

香辛料をまぶしまくる、という超贅沢な品であるのも間違いないのだが。

ある程度の移動用、と割り切っているからこそ誰もが買い求める品として落ち着いているだけ。


……だからこそ、灯花と怜花さんが今まで生き延びてこれたのも違和感の一つな訳だ。

寧ろ、良く此処まで成長できた――――そして息を繋げてこれた、と言って良いレベル。


特に今が成長期に当たるのだろう、幼い少女が死に至らなかったのは。

そうしてしまうのが面白くないから、とかそういう単純な理由なのだろうし。


「それも……お父様から?」


「間違ってはないな。

 里に伝わってる伝承じゃないが……あー、知識の伝達って意味では間違ってない」


正確には俺の別の知識から引き出した、ってだけ。

なので大元が違うという些細な嘘だが、この程度ならまぁ許してくれるだろう。


「…………それ、で。 今日は、どうする、の?」


ずず、と汁を啜れば舌に刺さる塩っぱさ。

定期的に舌の先を唇から突き出し、手元に置いていた水を混ぜて薄めることで何とか煽り。

軽い空腹を残したままで、食事を終えれば――――リーフからの問い掛け。


段々と問題が迫っているのは全員が共通して理解している。

だから、誰かに頼る……のではなく。

全員で相談し、結論を導き出す。

その程度の理性が未だに残せているのは、色々と調べてきた結果なのだと思い込みたい。


「一応夢で見たことは共有しとく」


「……またですか?」


「そう、またなんだ」


はぁ、と息を零して意識を切り替える。


恐らく、半分程度は伽月も同じ感情を理解してくれている。

何しろ、俺が『夢』と零した時。

それは決まって碌でも無いことを感知した時なのだと、此処最近で思い知っている筈なので。


「……って言っても、今回は知っておいて正解な知識だと思うけどな」


「…………って、言う、と?」


「何をするのか、っていう戦闘時での瞬間の行動忘却……だと思う。

 少なくとも、『こうしなければいけない』って反射で動くと詰む印象は受けた」


そんな前提を起きつつも、先程思考していた謎についての大部分を明かす。


まぁ、俺個人の謎とか……秘密とか。

そういう思考に至るまでの謎、という部分で引っ掛かりは発生してしまうだろうけど。

今は全員が全員、それを置いて考えてくれている……筈。


「反射、ですかぁ」


「前衛は特にキツイよなぁ……ただ、『こうする』って意識があれば。

 仮に瞬時忘れたとしても違和感には気付ける……とは思う」


「推測でしか成立しない考えですけど……本当に厄介ですね」


そうだなぁ、と。

全員が全員思う答えを口にしつつ、木皿と木匙を床に置く。


かたり、と小さく音が鳴って。

その音を以てして、取っ組み合いの一歩手前になっていたが此方を向く。


「気分転換は出来たか?」


にこり、と。

連鎖するように、連動するように。

流れるように、出来る限りの満面の笑みを作って二人へ向ければ。

静かに一度頷いて、互いを掴んでいた手をゆっくりと離すのが視界に映る。


(……ったく)


まあ、喧嘩するほどなんとやら……なんだろうけれど。

今言い出すと余計に噴出するだろうから、終わった後で煽ってやろう。

そう心に決めて。


「食事が終わったら呪法陣を刻むぞ。

 先ずは浄化の陣をもう一度……対象は短刀。

 清めが終わったら今度こそ、捕らえる儀式の陣を描く」


それが済めば――――地下か。

はてさて……対等にやり取りできるのか。


すっげえ不安。

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