038/退治
『――――』
腐り落ちる頭の水。
本来ならば鋭利な筈の水掻きの先の爪は崩れそうで。
吐き出す声色自体も何処か狂っているような色合いを含んでいる。
介錯という意味合いを多分に含んだ打撃を以て、地面に叩き付けられた妖。
意思を持たない――或いは薄い――筈にも関わらず。
何処かその瞳には感謝の意味合いが含まれていたのは、俺自身の思い込みか。
「全員無事か?」
深く呼吸をし、少しずつ通常のリズムに戻しながら。
背後を向く前に、各々の自発的な返答を待つ。
「………………はい」
「灯花が凄い疲れてるよ~」
「もう少し運動させたほうが良いと思います」
順にリーフ、紫雨、伽月の声。
白は返答をせず、俺の隣に近付いてきて消えていく妖を見送り。
後ろの方で咳をし、噎せるような様子を見せているのが恐らく灯花だろう。
まぁ周囲を歩き回ったり、という意味合いで長期的な行軍系の体力はあるんだろうが。
突発的に動き続けたり、或いはその数十秒に命を賭すような瞬発系は足りてない。
こればっかりは訓練……或いは実戦で磨いていくしかない部分だからこそ。
仲間達も注意して見てくれているんだろうけれども。
「……生きながらに腐り落ちていた、のか?」
「アレを生きている、と定義して良いのか悩むがな」
ぽつりと零す言葉に反応する。
河童のようで何処か違う、獣のような鋭さを秘めたはずの【水棲】種の妖。
通常であれば『水虎』と呼ばれるに相応しいだけの強さを持つ存在にも関わらず。
その群れともなれば、幾らかの切り札や消耗を覚悟して然るべき相手なのに。
どれもが、生きながらに死を望んでいるようにも見えた。
「ご主人、どういうことなのだ? アレは」
「例外に例外を重ねたような状態だから何とも言えんが……推測でいいよな?」
無論だ、と告げる彼女の言葉には奇妙な程の重みがあった。
恐らく言葉として定義するならば『殺意』、或いは『怨恨』。
人としてならば浮かぶことさえあっても、妖としては不釣り合いな感情表現。
ただ――――それを否定する気にもなれなかった。
「お前等にも言ったが、この結界の基準に引っ掛かったせいで腐敗し始めた。
ただ、本来は物品で済む筈なのにあちこち……身体自体が腐敗しているのはまた別途。
頭の水が腐敗したことで身体に悪影響が出た……のと、長期間此処に住んだ影響かね」
ひょっとすると、成人以後も年齢を積み重ねていればそれに応じて速度が上がるのかも。
妖の『成人』の定義が分からんが……まあ、産まれ落ちた後の歳月で考えるべきか。
そして水虎は、また別種の河童とも同一視されることがある。
正直河童はゲーム本編で見掛けたことさえない希少種なので何とも言えないが。
頭の水が完全に腐敗し、それに依って身体中が生きながらに腐り落ちたと見るのが妥当か。
……此処まで進むと、最早『死』に親しい何かを持っているのもほぼ確実。
即死に対しての対策も必要になりそうで溜息を漏らす。
「……やはり、此処の主の仕業かの」
「と言うより他にないだろ。
やろうと思って主体的に実行、では無いと思うけどな」
言ってしまえば、神々の目線からすればたかが妖風情。
それも固有名を持つような上位種、変化種でさえない群れ。
単純に引っ掛かったから吸い上げてそのまま、と考えるほうが余程分かりやすい。
ざっ、ざっ、ざっ、がっ。
話をしながらに地面を蹴る音が強くなる。
最初は土を蹴り飛ばしていただけなのに、気付けば地面を強く蹴るように。
余りやり過ぎると怪我しかねないし、本来なら止めるべきなんだろうけど……。
少しでも怒りを外に向けられるのなら、とそのままにしてしまう。
(しかし。)
屈み込み、妖が元々存在していた辺りに触れる。
既に何も残らず、故に存在していたことを知るのも既に俺達だけ。
ほんの少しでもいいから情報を掻き集め、準備も進めたいのだが……。
何を優先するのか、と悩み始めてしまえば永遠に続いてしまうだろう。
(ちゃんと知能がある妖……特殊な奴等なら一時的に協力も結べるか?)
そんな相手がいるのか、という問題は扠置いて。
俺もあと一匹までなら問題なく式として扱うことが出来る以上。
何をさせたいのか、を考慮に入れてそろそろ考えて良いかもしれない。
名付けを行う、という手札が切れるか切れないか。
それは相手との交渉難易度にも関わってくるだろうし。
(移動短縮用途にも使える妖いたかなぁ……?)
パッと考えて浮かぶのは馬や牛、或いは飛翔系の生命体だが。
天馬みたいなのは西洋出身だから普通にやっては仲間にしようもないし。
どうしたもんだろうな、と目線を少しだけ持ち上げた先。
「……ん?」
生えたままの、枯れ草の根の辺り。
何か……そう、文字通りの意味合いで何かが転がっているのが視界に入った。
「白」
「ん? ああ、何じゃご主人」
手を伸ばそうかちょっとだけ悩み。
何かあったら怖いので探索担当に声を掛ける。
俺の視界上では、この距離では靄がかかったように見通せない何か。
「あの草の下、何か転がってるんだが」
「転がっている?」
何処だ、と進もうとするので一度屈ませ、先程と同じ視線の高さに。
アレだ、と指を向ければ。
「お? おおお!?」
「何だ、どうした」
「いや、言われるまで何も気付かなくての」
…………んー?
「白がか?」
「吾がだな」
いや、色々とおかしいというか。
俺が気付かずに彼女が気付く、なら能力的にも不信感はないが。
その真逆ともなると……ふぅむ。
「ちょっと警戒しながら取ってきてくれるか」
「分かった、少し念入りに探索する」
その場を白に任せ、後ろを振り向き。
「灯花、ちょっと来てくれ」
「……ちょっとだけ、待って貰えますか?」
涙目を少しだけ浮かべつつ、自身に呪法を唱えていた灯花へ声を掛けた。
生命力回復するにはちょうどいいだろうが……攻撃喰らったわけでもないだろうに。
こう考えてしまうのも、多分悪いことだろうけどさ。
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