072/焦り


ちらり、と向けられた俺達への目線。

その瞳に宿す力強さ、意志の強さは以前にも受けたもの。


但し、目の前の陣の内側に閉じ込められた存在。

つまりは今の俺達に対しての”敵”へと放った言葉は、ある意味ではそのまま当人に返るモノ。

それを知ってか知らずか……もしかすればそれは、同族嫌悪に似たモノだったのかもしれない。


(下手をすれば、リーフ自身も同じような形になってたかもしれないしな……)


それを今知るのは、当人を除けば俺と白くらい。

但し、俺達の考えに比べれば。

リーフ自身が、自分自身へと向ける感情の重みは比ではなく。

故に、自分が陥っていた可能性を見て否定しているような気さえする。


全員で足早に、後衛側から倉庫から飛び出す中。

視界に映る各種の耐性値を可能な限り見詰めながらに、思考を出来る限り回していく。


幾らかぼやける視界。

具体的な数値……それこそ下一桁まで判別することは難しく。

けれどは見通すこと自体は可能だったからこそ、細かい各種の数値を見ていく。


(精神系は完全に無効たいせいち200、肉体異常はまちまち……)


目に入る数値そのものは、前世で見覚えがある表記方法。

恐らくは俺の意識そのものがそう読み取っている、というだけなのだろうが。

それにしても完全耐性が幾つも見えるのは流石は神、と言ったところか。


最も重要視していた幾つか、特に即死系列のは完全に無効という部分に舌打ちしつつ。

それ以上を見通すには時間が足りず、背後から聞こえる壁を叩くような音から急いで距離を取る。


視線の先には手水舎や古びた石畳……の上に描かれた新たな呪法陣。

その陣に乗ろうとはせず、不満そうな表情を浮かべて俺を睨みつける背後霊。


(何だよ)


じっと倉庫側を見詰め続けているリーフ、陣へと目線を向けている虚ろな灯花。

各々がその内側に秘めたモノを顕にする中で、その目線が妙に気になった。

再びに幾度か深呼吸を繰り返す幼子を他所に、内心で問い掛けて。


で身動きが取れなくなる程度の器か、お前が』


返ってきたのは……煽りと言うか、純粋に目線の高さと言うか。

俺自身でも上手く受け止められない奇妙な言葉。


単純に駄目出しされるのではなく、何かを確信したような物言い。

それ自体に意味があるようにも感じてしまう何かの言霊。


目の色、意識。

そういった言語以外の部分でも、繋がっている相手だからなのか。

自分自身で未だに理解できていない、この身体に宿す何かを理解したような言い方。


(……何が言いたい)


『自分で気付け、でなければ意味もない』


教えて貰えないだろうな、と半ば確信しつつの問い掛け。

それに対しては吐き捨てるような言い方で返しながら。

見る目は何処か信用するようなものを見る目。


つい先程まで浮かべていた色合いとは僅かに何かが異なる。

恐らくは俺自身も……父上も知らない何かが残っている、とでも言いたそうな言動。

気になることがどんどん積み重なるが、今はそのような場合でもなく。

舌打ちをしながら目線を切れば、口元を歪める奇妙な笑みを浮かべていた。


「ご主人、アレは……」


干渉するだけ無駄だ、と今は切り捨てておくことにする。

同じように深呼吸を繰り返し、生命力や霊力を最大値まで回復しようと心掛けていれば。

唯一人ではない生身を持つ……妖としての恐怖心を揺り動かされたのか。

震えを隠そうともせずに聞いてくる。


それは――――正体を知ることで恐れを紛らわせようとしようとしたのか。

それとも、僅かにでも甘く見ていた結果なのか。

今の俺には何方とも判断できない様子を持ちながらの疑問。


「さっき灯花が言っただろ、黒闇天。

 疫病神にして運命神……恐らくは本来の力を全く発揮できていない。

 それでも、俺達にしてみれば格上の存在だ」


吐き捨てるような言葉とほぼ同時。

息を整えた灯花が再びに祝詞を唱え始め、合わせて思兼が手を持ち上げ陣に干渉を始める。


リーフも、普段は浅い呼吸を基本とするにも関わらず今は大きく呼吸を行い。

その姿を守るように……事前に言っていたように、彼女を守ろうと目前に立ち塞がる伽月の姿。

事前に行える準備――幾らかの呪法防御――を行いつつも、焦りを隠さない紫雨の背中。


各々が各々なりに準備や行動を取る中で、俺は呼び寄せる神……そして白へと意識を寄せる。


(……これであの神を呼び寄せられるのなら、僅かにでも戦力は上がる。

 それはもう出来るものとして……伝えておかないといけない事は)


「白」


もう失敗した後は考えず。

最も長い間共にいた相棒に、出来得る限りの情報を提示する。


「んむ」


「さっき見た限り、お前の【出血】系状態異常はそれなりの確率で通る。

 相手に攻撃を通すことよりも発生確率……要するに血が吹き出しやすそうな場所を狙え」


、という違和感。


神はそれを持たないからこそ加護を与える、人に宿る存在の筈なのに。

当初からそれを持って陣の内側に存在したからこそ有効な、肉体系の状態異常。

その中でも幾らか通しやすい可能性を持つそれを操る彼女へ、それを提示する。


「出血が?」


「ああ、毒は無理。 麻痺は一応半々で……石化は完全に無駄だな」


恐らく紫雨に使って貰うのは多分、もっと防御的に優位になる状態異常になるだろう。

それに対し、時間を経過するごとに有利な面に立つことが可能な面を彼女に託す。


「術技の進化方向性の調整、って形にはなってしまうが。

 ぶっつけ本番でなんとか合わせてくれ」


「……そう言われれば、なんとかするしか無いからズルいのじゃよ。 ご主人は」


やれやれ、と。

そんな呟く言葉は……何処か、嬉しさを隠さないような声だった。

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