024/記憶


ぽたぽたと髪の端から雨粒を垂らしながら。

何かを呟きながら、佇む少女。

幽世帰りにそんな光景を見て少しだけ引きながら。

脳裏に浮かんだ、と言うよりは思い出していたのはイベントの一部。


(……んー、あー……ひょっとして……?)


戦闘向けではないほじょようそがつよいヒロインの一人で発生する不定期の最終攻略条件の一つ。

”相手が求めるものを手に入れる”というだけの簡単なモノ。


但し、その時間制限がえげつなく。

もし発生したら、という前提で先に準備しておかなければ先ず間違いなく間に合わない。

何しろ、それに遭遇してから翌日の朝までに渡さなければアウト。

もし渡せなければ約定不履行で即バッドエンド行き。


その後の末路は……どうだったか。

確か華陽とのやり取りをしている交易船に叩き売られて死ぬまでそこで飼われるんだったか?

或いは田舎やで似たような目に合うんだったか?

微妙に差異があった気がする。


ただ、声を掛けるかは自由。

声を掛けてから一日、という前提があるので若干の猶予が無くもない初見殺しの罠。


(って言ってもなぁ。 現実とじゃ当然差異もあるだろうし。)


だが、それが許されるのはゲームの中だけで。

……現実世界に置き換えるとどうなるんだろう。

そう考えると、そのまま放置するのもちょっと忍びなく。

二人に目線をやれば、致し方ないと言った表情を浮かべていたのを覚えている。


『どうした?』


――――確か、そんな声を掛けたはずだ。

他に誰も声を掛けなかったのか、という感情を抱きつつ。

そして一悶着を挟みつつも。

彼女は、若干投げ遣りに成りながらも事情を口にした。


『初めは、良くあることからだったんだよねー。』


初めは、西の都から流れてきた商人との契約から始まったと言っていた。


とある効果が付いた武具を高値で引き渡さないか、という契約を父が持ち掛けられた。

在庫一覧を見ても下に位置する武具店に在庫が残っているのを確認していた。


だから契約をして、その在庫を引き上げに行った所『無い』と。

そんな筈はないと、自分込みで帳簿込で確認をしたがやはり無いと言われたと。

顔を青くしながら約定を解約しようとしたが、向こうが一向にそれを受けようとしないと。

約定は破った際に高額の――――それこそ身売りが必要な程の罰金が仕掛けられていた、と。


その際、相手が明らかに分かるように厭らしい目でボクを見た事で引っ掛けられたと気付いたと。

それから方々手を尽くしたがその物品が手に入らず、その引き渡し期限が明日だと。


『……だから、きょーはボクが自由でいられる最後の日ってわけ。』


其処までを一気に語り。

もう諦めたような、死んだ眼を浮かべた少女を見て。


(…………思い出した。 イベントと内容ほぼ被ってるなぁ。)


前提条件の筈の『出会い』とか『交流』とか全部すっ飛ばしていきなり最後かよ、とか。

なんでこうも重い事情抱えてる奴ばっかと会うんだよ、とか。

半分以上他人事のように思いつつ。

背中の袋の中身に確か入っていた……既に確保していた事を思い出しつつ。

念の為にその内容を問い掛けて。


『何を? …………『護身』が付いた、軽量の武具。』


やっぱりな、と思って背負袋から――――。


「朔君?」

「んあ?」


そんな過去に浸っていれば、カウンター越しに怪訝な表情を浮かべた紫雨の顔。

間に仕切りがあるから一般的な距離だが、もしなければ目前まで近付いていただろう。

というかそんな経験が複数回あるからカウンターを挟んだ、と言い換えても良いんだが。


「……どーかした? なんだかぼーっとしてるけど。

 熱でもある? あるんだったら……。」

「近い近い近い近い!」


色々呟きながら乗り出してくるのをやめろ!

相変わらず適当な服だから着崩れて内側見えてるし!

白い下着とか明らかに見せてねえよな!?


少しばかりパニックに陥りそうに成りつつも。

人一人、二人分程距離を離せば目線を伏せて元の位置に戻る。


……こういう事するから白がめっちゃ睨み付けるんだけども。

分かっててやってる節を所々で感じるんだが、気の所為だと信じていいよな?


「何度か言ってるよな?」

「……ぶー。」

「ぶーじゃないんだが?」


片眼鏡を額辺りまで持ち上げながら頬を膨らませる。

殆ど見せない姿をあからさまにする、最終イベントから始まった推定ヒロインとの付き合い。

……こんなのでも、親父さんと幽世に潜れる超能力者の家系ってのもあって今では俺より上。

今の深度幾つだっけ……此処一年で急激に上げたはずだし13とか14とか言ってたか?

戦闘面だと弓系の後衛射撃を身に着けてはいるらしいが、メインは道具の使用だとか言ってた。


「で、鑑定は終わったんだよな?」

「おわってるよー。」


だいたいこれくらいだけどー、と差し出された引取価格の書かれた紙に目を通し。

頬を引き攣らせる。


「いや、これマジで言ってるのか?」

「まじ……ああ、朔君用語だっけ。 うんうん、まじまじ。」


おいおい、6桁業って……。

ゲームだと行ったとしてこの半分くらいだろ……?


「最近なんかあったのか?」

「あー、ほら。 そろそろ新人が辿り着けるかもしれないじゃん?」


相変わらずの笑み。

ただ、その奥には商人故の冷酷さが隠れている。

実際、自分の身を狙った流れ商人と裏切った下部の店は酷い目にあったらしいしな。

何をしたのかまでは教えてくれなかったが、元あった店前を通ると何も無かったのを覚えてる。


「……まさか、その為にか?」

「腐るわけじゃないしねー。」


それに、と嫌な一言を付け加える。


?」

「お前それ何度も否定してるよな!?」

「しらなーい。」


けらけら笑い声が響く店の中で。


(伽月連れてこなくて本当に良かった……!)


紹介を先延ばしにしたことで防がれた取り敢えずの危機。

そんな思考に至った自分を自分で内心、褒め称えていた。

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